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やり直すほど、弱くなる ~死に戻りの代償は寿命。無能の僕が『英雄の再来』と囁かれる理由を、僕だけが知らない~  作者: ふゆう
第一章 無能の始まり

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第18話『縦に伸びる道』

中継地点は、想像していたよりも、ずっと大きかった。


黒く濁った水路が、幾筋も敷地を切り分けている。その上に、細い桟橋が何本も渡され、水路の間を巨大な倉庫がびっしりと埋めていた。荷を積み替え、仕分けるための施設。荷は水路を船で運ばれ、桟橋を通って倉庫へ入り、また別の水路へ出ていく。


「……人が、いませんね」


僕の呟きに、誰も答えなかった。


昼過ぎのこの時間、本来なら荷役でごった返しているはずの場所が、しんと静まり返っている。桟橋には荷が積まれたまま。倉庫の扉は開け放たれ、中の作業台には、途中まで数えられた木箱が置き去りにされている。


まるで、ついさっきまで人がいて、そのまま蒸発したみたいに。


その光景に、僕は言いようのない不安を覚えた。この先を、僕は知らない。二度死んで得た記憶は、集積所で尽きている。ここから先は、みんなと同じ手探りだ。……いや。手探りですら、ないのかもしれない。


「変だね」


鼻先を空へ向けたツグミさんが、眉をひそめた。


「人の匂いは、そこらじゅうに残ってる。それも、けっこうな数。……なのに、生きてる気配が、一つもない」


つまり、大勢の人が、ついさっきまでここにいて――全員、いなくなった、ということだ。


自主的に逃げたのか。それとも、逃がされたのか。どちらにせよ、意味することは一つだった。


「ここで、何かが起きると知っていた人間がいる」


お嬢の声は、冷たく静かだった。


「……罠、ってことですかね」ツグミさんが肩をすくめる。「戻る?」


「戻れないわ」


即答だった。


「毒の元がここにあるなら、止めなければ倒れた者たちが保たない。私たちが引き返せば、あの子たちは、そのまま死ぬ」


シルビィの言葉が、また頭をよぎった。根っこを断たなきゃ意味がない、と。


引き返す。それは、僕たちには許されていない選択肢だった。


「隊列を細く。私が先頭、ユウマは中ほど。ツグミは殿で、退路を絶えず確認して。桟橋は一本ずつ、必ず渡り終えてから次へ」


淀みない指示だった。誰かが異を唱える隙もない。彼女はすでに、この施設のあらゆる危険を頭の中で並べ、順番に潰しにかかっている。


「ユウマ」


不意に名前を呼ばれて、背筋が伸びた。


「私から、離れないで。何かあれば、あなたを最優先で引く。……いい?」


「は、はい」


その言葉の頼もしさに、僕は素直に安堵した。この人がそばにいる。それだけで、足の震えが、少しだけ収まった気がした。



進むほどに、道は狭くなっていった。


水路に渡された桟橋は、大人が二人並べば肩が触れるほどの幅しかない。倉庫の中の通路も同じだ。荷を仕分けるための細い回廊が、迷路のように奥へ奥へと続いている。


そして、いたるところに隔壁があった。


荷の流れを堰き止めるための、分厚い鉄の板。天井のレールに吊るされ、必要な時に落として通路を塞ぐ仕組みらしい。


「……気に入らないな」


前を行くシュンさんが、小さく呟いた。


「この造りだと、僕らは縦一列にしかなれない。何かあっても、後ろの人は前を助けに行けないよ」


その言葉に、背中がすっと寒くなった。


たしかに、そうだ。隊列は今、一本の細い線みたいに伸びている。前も後ろも見えない。誰かが襲われても、駆けつけるには狭すぎる。


これだけの人数がいるのに――僕たちは、実質、ばらばらだった。


足音が、狭い回廊にやけに大きく反響する。水路を流れる濁った水の音が、壁の向こうからずっとついてくる。天井に吊るされた隔壁の影が、進むたび、頭上を一つ、また一つと通り過ぎていった。まるで、開いた顎の中を歩かされているみたいだった。


「奥だよ」


ツグミさんが、鼻を鳴らして言う。


「妙な薬品の匂い。ずっと奥から流れてきてる」


奥。この、細く縦に伸びるしかない道の、いちばん奥。


進むしかない、と誰もが分かっていた。だから、進んだ。



最奥の倉庫は、他よりひときわ天井が高かった。


そして、そこにあった。


積み上げられた木箱。開いた蓋。中には、粉末の詰まった小袋がぎっしりと並んでいる。傍らの作業台には、薬品の瓶と、量りと、洗い残しのある器具。


「……ここだ」シュンさんが、息を呑む。「荷に、これを混ぜていたんだ」


証拠だった。動かぬ、はっきりとした証拠。


毒はここで作られ、ここで荷に仕込まれ、そして炎獅子の食堂へ運ばれた。あの朝、仲間たちが次々と倒れた原因が、今、目の前にある。


「持ち帰れば、シルビィが解毒剤を作れる」お嬢の声に、わずかな熱がこもった。「あの子たちを助けられる」


やった。


胸の奥が、震えた。二度死んで、それでも掴めなかったものに、今度こそ手が届いた。この一歩は、確かに意味があったんだ。


僕は、震える手で小袋の一つを取ろうと、木箱へ手を伸ばし――


そこで、ふと、気づいてしまった。


(……なんで、こんなに、綺麗に置いてあるんだ)


隠されていない。埋められても、燃やされてもいない。あれだけ用心深く、内通者まで使って毒を流した連中が。その証拠を、こんな分かりやすい場所に、丁寧に並べたまま残している。


まるで――ここまで来た者に、見せるために。


嫌な想像が、するりと背骨を這い上がってきた。


僕たちは、この証拠を“見つけた”んじゃない。“見つけさせられた”んじゃないのか。集積所の記録の齟齬も、辿り着いたこの場所も、全部――誰かが、そう仕向けたのだとしたら。


「……お嬢。これ、おかしいです。ここ、片づけられてな――」


言い終わる前に。


――ガコン、と。


頭上で、乾いた金属音が鳴った。


「――伏せろッ!!」


メルドさんではない。シュンさんの、悲鳴のような叫び。


轟音。


天井のレールから、分厚い鉄の隔壁が、次々と落ちてきた。一枚、二枚。倉庫の入口を、回廊を、桟橋への道を。まるで、あらかじめ数えられていたみたいに、正確に、僕たちの間へ。


「ユウマ!」


視界の端で、シュンさんとツグミさんの姿が、落ちてくる鉄板の向こうへ消えていく。伸ばされた手が、届かない。


僕は、落下点のど真ん中に立っていた。


逃げ場が、ない。頭が真っ白になる。動け、と念じても、G1の重い体は、あまりに遅い。


――その、瞬間だった。


背中に、強い衝撃。


誰かが、僕の襟首を掴んで、力任せに引き倒した。視界が回る。床に叩きつけられ、その上から覆いかぶさるように、誰かが僕を庇った。


鼻先を、鉄の塊が掠めていく。


耳をつんざく落下音。地面が揺れ、埃が舞い上がり――そして、静寂。


「……っ、無事?」


すぐ上から、掠れた声がした。


お嬢だった。


僕を庇うように床に手をつき、荒い息を吐いている。長い黒髪が、僕の頬に触れていた。


「あ……はい。すみません、僕……」


「いいから、立って」


彼女が体を起こす。僕も、慌てて上体を起こして――そして、周囲を見て、言葉を失った。


四方が、鉄の壁だった。


落ちた隔壁が、この最奥の一角を、完全に切り離している。シュンさんの声も、ツグミさんの気配も、鉄の向こう側だ。分厚い壁が、僕たちと、みんなを、断ち切っていた。


残されたのは。


僕と、お嬢。


たった、二人だけ。


お嬢が、鉄の壁に手を当て、爪を立てるように押した。びくともしない。彼女は一瞬だけ、悔しげに唇を噛んだ。


「……全部、計算されてる。落とす順番も、切り離す位置も」


その声に、初めて、微かな動揺が滲んでいた。あの、どんな時も揺るがなかった人の声に。





「――ようこそ」





その、静けさの中に。


聞いたことのない、穏やかな声が、落ちてきた。

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