第14話『代償』
「――おい、しっかりしろ! 誰か、シルビィを呼べ!」
三度目の、その怒号。
もう、驚きはしなかった。倒れていく団員も、飛び交う怒号も、いつもどおり。僕はこの一日の“始まり”を、ただ静かに受け止める。
三度目ともなると、心は妙に凪いでいた。倒れる人の順番も、もう覚えてしまっている。この異様さに慣れていく自分が、少し怖い。だが、慣れは武器にもなる。次を知っているなら、先回りできる。倒れる前に、動ける。……そのはずだった。
やり直せる。それは、もう間違いない。なら、今度こそ。倒れたみんなを助けて、あの死を避けてみせる。……そう意気込んだ、その時だった。
体が、重い。
二度目に死んで戻ってきた時から、ずっと感じていた違和感。それが、消えるどころか、はっきりと輪郭を帯びていた。腕が、鉛みたいに重い。足の運びも、どこか鈍い。まるで、自分の体が、自分のものじゃなくなったみたいに。
試しに、廊下の壁を軽く小突いてみる。いつもなら、なんてことない。なのに――拳に走った鈍い痛みに、思わず顔をしかめた。力が、入らない。反応も、遅い。明らかに、昨日までの僕より、“弱い”。
寝不足のせい。心労のせい。そう思おうとして――でも、ふと、嫌な考えが頭をよぎった。
シュンさんは言っていた。タイランは、寿命であり、強さそのものだ、と。……もし。もし、この重さが気のせいじゃないなら。確かめる方法は、一つしかない。
できれば、確かめたくなかった。どうか、変わっていないでくれ。そう祈りながら、僕は廊下の隅で、拳を握った。
(……タイムランク)
心の中で、念じる。あの日、シュンさんに教わったとおりに。
手の甲に、ぼう、と光が浮かぶ。刻まれた文字を見て――僕は、息を呑んだ。
〈G1〉。
……G、1。
違う。僕のランクは、G2だったはずだ。何度も確かめた。ずっと変わらなかった、あのG2が。
一つ、下がっている。
「なんで……」
指が震えた。もう一度、念じる。何度確かめても、同じ。〈G1〉。見間違いなんかじゃ、ない。じっとりと嫌な汗が、背中を伝った。数字が、たった一つ。それだけのことが、これほど恐ろしいなんて。
そして――思い当たってしまう。この体の重さ。ランクの、低下。その原因に。
二度。僕は、死んだ。
死ぬたびに、タイランが、削れているんだ。
認めたくなかった。でも、重い体と、下がったランクが、否応なくそれを証明していた。僕の“やり直し”には――こんなにも重い代償が、あったんだ。
道理で、体が重いわけだ。この鈍さは、気のせいでも、ただの疲れでもない。僕が二度、死んだという――消せない“証”だったんだ。
その瞬間、シュンさんの言葉が、頭の中で鮮明に蘇った。
『タイランは、寿命であり、生命力であり、強さそのもの』。『身体能力は、基礎体力に、ランクを掛けたもの』。そして――。
『Gの、さらに下まで落ちると、H行きだ。……今度こそ、本当の、おしまいってこと』。
血の気が、引いていく。
つまり、こういうことだ。僕が死ぬたびに、タイランは削れる。体は重く、弱くなり、寿命も縮んでいく。
そういえば、シュンさんは言っていた。G2で、余命およそ二年、と。……なら、G1になった今、僕に残されているのは。たった、一年ほど。二度死んだだけで、僕は、一年ぶんの“命”を、失ったことになる。
たった、一年。あんなに遠いと思っていた“終わり”が、急にすぐそこまで、迫ってきた気がした。
しかも、恐ろしいのはここからだ。世界は、何度でも真っ新に戻る。倒れた仲間も、崩れた集積所も、全部。でも、僕だけは――死んだ回数のぶんだけ、確実にすり減っていく。巻き戻るのは世界であって、僕じゃない。この体に刻まれた消耗だけは、どのループにも、そのまま持ち越されるんだ。
そして、G1の、さらに下は――H行き。
本当の、死。もう二度と、戻れない死だ。あの優しい食堂も、メルドさんの不器用な励ましも、お嬢の遠い背中も。そのすべてから、僕という存在が、跡形もなく消える。誰の記憶にも、残らないまま。それが“H”。想像した瞬間、指の先まで冷たくなった。
「うそ、だろ……」
膝が、崩れそうになった。
やり直せる。それは、救いなんかじゃなかった。何度でも使える無限の力なんかじゃ、ない。使うたびに、僕自身を少しずつ殺していく。死ねば死ぬほど、僕は弱くなり、本当の終わりへ近づいていく。
たった二度の死で、これだけ削れた。この調子で死に続ければ、遠からず、僕は“H”へ落ちる。あと何回、死ねるのか。数えるのも怖かったが――多くはない。それだけは、確かだった。
しかも、弱くなるということは。次の“やり直し”は、今より、もっと不利になるということだ。もっと動けない体で、もっと死にやすくなった状態で、あの完璧な罠に、また挑まなきゃいけない。
……ひどい。あんまりだ。
皮肉な話だと思った。無能で、何の取り柄もなくて。ようやく手に入れた、たった一つの“力”が。よりによって、僕自身を、少しずつ殺していく力だなんて。
神様がいるなら、よほど僕のことが嫌いらしい。乾いた笑いがこみ上げて――そのまま、喉の奥で消えた。
震える手で、顔を覆う。逃げ出したかった。誰かにすがって、この恐怖を、分けてほしかった。
でも、それも、できない。この力のことは、誰にも言えない。言えば、みんなを巻き込むかもしれない。この重すぎる秘密を、僕はたった一人で、抱えていくしかないんだ。
現世でも、僕はずっと一人だった。でも、こんな種類の孤独は、初めてだった。すぐそばに仲間がいるのに、この記憶を、この恐怖を、誰とも分かち合えない。それは、ただ一人でいるよりも、ずっと、寒かった。
……それでも。
倒れたままの仲間たちの顔が浮かぶ。無事に連れ帰る、と言ってくれたシュンさんの声。こぼしたくない、と背を向けたお嬢の背中。僕がここで諦めたら、この一日は、この人たちの悲劇ごと、永遠に繰り返される。
ゆっくりと、顔を上げた。
死ぬたびに、弱くなる。それは、変えられない。だったら――もう、無駄には死ねない。この一回、一回を、命がけで、意味のあるものにするしかない。闇雲に死んで、闇雲にやり直す。それができないなら、頭を使うしかない。一度の死で、少しでも多くを掴む。一歩でも、遠くへ進む。
そして、たぶん。ただ僕一人が、何度も死んで挑むだけじゃ、この壁は越えられない。さっき、痛いほど思い知ったはずだ。知っているだけじゃ足りない。一人で避けようとした程度じゃ、結末はびくともしなかった、と。
あの完璧な段取りですら、なぜか、まるで通用しなかった。まるで、こちらの手が、最初から全部、読まれているみたいに。
……そうだ。まずは、この“おかしさ”の正体を突き止めないと。あの集積所の、不自然な静けさ。話の早すぎた管理者。目を合わせない作業員たち。思い返せば、“引っかかること”は、いくつもあった。あれは、偶然なんかじゃない。その一つ一つを、今度は、見逃さない。
重い体を、無理やり動かす。まだ、倒れる人が出そろう前に。まず、確かめておきたいことが、あった。
今度のループで、死なずに済ませる自信なんて、ない。でも、無駄にはしない。この一回で、“敵の正体”に、少しでも近づく。そのために、目を、耳を、研ぎ澄ませるんだ。
こうして僕は。すり減っていく命を指折り数えながら、二度と誰にも言えない戦いへ、たった一人で足を踏み出した。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!!!
優馬の〈死に戻り〉と、その代償が出そろいました。ここから先は、削れていく命を数えながらの戦いになります。
7:00 / 12:00 / 18:00 / 21:00の1日4話更新です。
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