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やり直すほど、弱くなる ~死に戻りの代償は寿命。無能の僕が『英雄の再来』と囁かれる理由を、僕だけが知らない~  作者: ふゆう
第一章 無能の始まり

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第12話『守られて』

翌朝、まだ空が赤黒く沈んでいる時間に、僕たちは基地を発った。


見送りに来たシルビィが、ぶっきらぼうに言った。


「……無事に帰ってこいよ。せっかく治した体なんだからな」


相変わらずの憎まれ口。でも、その目が少しだけ不安げに揺れていたのを、僕は見逃さなかった。


重い鉄の扉が、鈍い音を立てて開く。一歩、外へ踏み出して――僕は、思わず足を止めた。


初めて、自分の足で立つ、リミトの“外”。永遠の夕暮れみたいな赤黒い空の下に、崩れた街並みがどこまでも広がっている。星も、月もない。乾いた風が、埃と錆の匂いを運んでくる。世界から音だけが、そっと抜き取られてしまったみたいに、静かだった。


時折、遠くの物陰を、影のような人影がよぎっては、目が合う前にすっと消える。ここで息を潜めて生きている、誰か。荒れ果てた、それでも人のいる世界だった。


思わず、振り返る。


――大きい。


いま出てきた基地は、見上げてもてっぺんが霞むほどの、白亜の建物だった。窓は驚くほど少なく、表面は陶器みたいにつるりとしている。崩れ落ちた世界の中で、そこだけ時間が止まっているように、清潔で、無傷で、堂々と聳えていた。壁の高いところには、炎を纏った獅子の紅い紋章。……これが“炎獅子”の名の由来なのか。


こんな途方もないものの中で、僕は守られて眠っていたのか。あらためて、その実感が胸に染みた。


「ぼさっとすんな、坊主。行くぞ」


メルドさんの声に、僕は慌てて隊列へ戻った。



お嬢の段取りは、恐ろしいほど綿密だった。


進むルートは三本用意され、当日の朝にどれを使うかが決まる。休憩の位置も、僕を囲む立ち位置まで、すべて彼女の頭の中にある。前をメルドさん、後方をシュンさん、先行するのが探知に長けたツグミさん。その中心に、荷物みたいに、僕。


「これだけ人がいりゃ、そうそうヘマはないさ」ツグミさんが気だるげに言う。「気楽にしてな、無能くん」


からかうような、でもどこか気を軽くしてくれる口ぶり。少しだけ、肩の力が抜けた。


隣を歩くシュンさんも、穏やかに声をかけてくれる。


「無理はしないで。手がかりだけ掴んだら、すぐ戻ればいい。君を無事に連れ帰る。それが今回の、いちばんの目的なんだから」


その優しい言葉に、僕はしっかりと頷いた。



食材が運ばれてくる道を、僕たちは逆から辿っていった。


向かう先は、新人狩りが横行する区画とはまるで反対側。荒れた街を抜けるにつれ、崩れたビル群が減り、古い倉庫や錆びた線路のような設備が点々と現れはじめる。


「このあたりが、食料の集積所さ」メルドさんが説明してくれる。「食える場所はリミトじゃ貴重でな。この経路にはどの組織も手を出さねぇ。潰し合ったら共倒れだからよ」


道の脇には、痩せた土に緑を育てる小さな畑もあった。荒廃の底にも、生きるための営みが静かに息づいている。その光景に、僕はなぜだか、少し勇気づけられた。


途中、一度だけ短い休憩を挟んだ。団員たちが携行食をかじる中、少し離れた岩陰で、お嬢は一人、地図を睨んでいた。休む素振りもなく、ただ黙々と、この先の段取りを組み替えている。


「あの人、いつもああなんですか」


小声で尋ねると、メルドさんは肩をすくめた。


「気を抜くってことを、知らねぇのさ。……誰も、こぼしたくねぇんだろうよ。自分がしんどくなるほど、な」


その横顔が、僕にはどこか、痛々しく見えた。


今日の僕は、一人じゃない。あの日、金髪の男に襲われた時とは違う。これだけの人に守られている。もう、大丈夫だ。……そう、信じきっていた。



目当ての集積所に着いたのは、昼過ぎだった。


閑散としている。応対した初老の管理者は、炎獅子の名を出すと一瞬だけ顔を強張らせ、それでも記録はあっさりと見せてくれた。妙に、話が早い。すれ違う作業員も、なぜか目を合わせず、そそくさと奥へ消えていく。


その小さな違和感を、僕は深く考えずに流してしまった。……後から思えば、それが最初の兆しだったのに。


お嬢はツグミさんを周囲の偵察に出し、自分は僕たちのそばを離れなかった。伏兵の有無、逃げ道、退路――あらゆる可能性を、彼女は一人で読み続ける。この場の安全はまるごと、彼女ひとりの頭の中にあった。



埃をかぶった台帳を、一枚ずつめくっていく。シュンさんが判読を手伝ってくれ、メルドさんはあたりを警戒している。


どれくらい、めくっただろうか。ふと、妙な引っかかりを覚えた。


「……あれ。この日の分だけ、経由してる中継所が、いつもと違う」


毒が混入したと思しき日の荷だけ、普段は通らない中継所を経由していた。僕の指した箇所を、お嬢が覗き込む。その切れ長の目が、すっと細くなった。


「……気づいたのは、悪くない」


素っ気ない。でも、あのお嬢が、口先だけとはいえ僕を認めた。無能で、G2で、能力もない僕でも、こうして役に立てる瞬間があるんだ。じわりと、報われた気持ちになる。


「その中継所の場所は」お嬢が問うと、管理者は震える指で地図の一点を示した。ここから、そう遠くない。


「行くわ。メルド、隊列を組み直して」


手がかりを掴んだ。この糸を辿れば、毒の出所に――。


そう思った、その時だった。



ぐらり、と足元が揺れた。


いや、揺れたんじゃない。何かが、下から突き上げてきたのだ。轟音。悲鳴。視界が白く飛ぶ。


「ユウマ――ッ!!」


メルドさんの腕が伸びてくる。でも、届かない。僕とみんなの間に、崩れ落ちた天井が、瓦礫の壁になってのしかかった。


囲みの、外。たった一人、放り出される。


粉塵の向こうに、一瞬だけ、誰かが見えた。静かに、こちらを見ている。逃げ惑う僕を眺めるその眼差しには、焦りも興奮もない。ただ、予定を淡々と確認するような、酷薄な静けさだけが、そこにあった。


――え。


その顔を認識するより早く、首筋に、何かが触れた。


冷たい、と思った。


それだけ、だった。


痛みは、なかった。恐怖すら、間に合わなかった。


体から、すとんと力が抜ける。膝が折れ、頬が地面につく。世界が、やけに静かだ。指の先から、じわじわと熱が引いていく。


……あれ。


なに、これ。


なんで、僕、倒れてるんだろう。立たなきゃ。みんなのところに、戻らなきゃ。そう思うのに、体が、まるで言うことを聞かない。まぶたが、勝手に落ちてくる。


これって、もしかして。死ぬ、の……?


こんな、あっけなく。こんな、なんの実感もないまま。まだ何も、わかっていないのに――。


考えは、最後まで、まとまらなかった。


意識が、するりと、こぼれ落ちた。



「――おい、しっかりしろ!誰か、シルビィを呼べ!」


耳をつんざく怒号に、僕は弾かれたように顔を上げた。


心臓が、痛いくらいに脈打っている。全身に、べっとりと汗。荒い息が、うまく整えられない。


……ここは。


見慣れた、基地の廊下。いつものように、訓練へ向かう途中の。その、あちこちで――団員がばたばたと倒れていく。白目を剥き、脂汗を浮かべて。まるで、糸の切れた人形みたいに。


(え……?)


足が、動かない。頭の中が、真っ白になる。


この光景を、僕は知っている。ついさっき――いや、ずっと前に、確かに見た。倒れる仲間たち。飛び交う怒号。この、毒の朝を。


でも、そんなはずはない。だって僕は、つい今しがたまで、あの集積所にいた。爆発に巻き込まれて、首筋に冷たいものが触れて。……死んだ、はずだった。確かに、僕は。


なのに、どうして。どうして僕は今、“すべてが始まった、あの朝”に、立っているんだ。


震える手で、首筋に触れる。傷は、ない。腹にも、どこにも。汗で濡れているだけの、いつもの体だ。


「……なんだ、よ。これ」


理解が、まるで追いつかない。悪い夢を見ているのか。頭が、おかしくなったのか。それとも――。


その先を考えるのが怖くて、僕は、ぎゅっと目を閉じた。


まだ、この時の僕は。自分の身に何が起きたのか、まるでわかっていなかった。ただ、倒れていく仲間たちの光景と、“もう一度、ここに戻ってきてしまった”という名前のつかない怖気だけが、じっとりと胸の底にこびりついて、離れてくれなかった。

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