表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直すほど、弱くなる ~死に戻りの代償は寿命。無能の僕が『英雄の再来』と囁かれる理由を、僕だけが知らない~  作者: ふゆう
第一章 無能の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/36

第11話『倒れる者たち』

異変は、朝から起きていた。


いつものように訓練へ向かおうとした僕の耳に、慌ただしい足音と怒号が飛び込んでくる。


「おい、しっかりしろ! 誰か、シルビィを呼べ!」


廊下のあちこちで、団員がばたばたと倒れていた。白目を剥き、脂汗を浮かべ、揺すっても頬を叩いても反応がない。まるで、糸の切れた人形みたいに。


昨日、食堂で「残すなよ」と笑いかけてくれたあの団員も、廊下の隅でぐったりと倒れている。ほんの数時間前まで、あんなに元気だったのに。


ぞわり、と得体の知れない恐怖が背筋を這い上がった。


何が起きているのか、誰にもわからない。わからないまま、人が倒れていく。その不気味さが、恐怖をいっそう煽った。



医務室は、まるで野戦病院みたいになっていた。


「——退けっ。そこ、通して!」


白衣のシルビィが、いつもの憎まれ口も忘れて、次々に運ばれる患者の間を必死に駆け回っている。その小さな背中が、今日ばかりはやけに頼もしく見えた。


僕も、運ばれてきた一人を寝台へ横たえるのを手伝った。ぐったりと重いその体は、それでも、かすかに息をしている。まだ生きている。今はそれだけが、救いだった。


「シルビィ。原因は」


追ってきた僕に、シルビィは鋭く答えた。


「……まだわからない。でも、一つだけ。倒れてるのは全員、F・Gランクの低ランク帯だ」


その言葉に、僕はどきりとする。F・G――この基地でいちばん弱い者たち。そしてG2の僕も、まぎれもなくその一人だ。


「高ランクの奴は、一人も倒れてない。この差は明らかにおかしい」


シルビィの白衣の袖が、ぎゅっと握りしめられた。


「……何かに“やられてる”。それも、低ランクだけを狙って」


低ランクだけ。その言葉が重くのしかかる。もしこれが“誰かの仕業”なら、狙われているのは、ほかでもない、僕たちみたいな弱い者たちなんだ。



険しい顔のシュンさんが来た。


「シルビィ。倒れた人と無事な人、何か共通点は」


「今それを洗ってる。手伝え」


僕も加わった。倒れた人と無事な人の名簿を突き合わせ、その日の行動を一つずつ洗い出していく。ランク、担当、起床の時間。最初は共通点なんて見つからないかと思った。倒れた人の属性は、見事にバラバラだったから。


でも、シルビィは諦めなかった。一つ一つ可能性を潰していく、その執念みたいな集中力。やがて、たった一つだけ、くっきりと差が浮かび上がった。


「……今朝、食堂で朝ごはんを食べたかどうか、だ」


倒れた人は全員、今朝、食堂の朝食を口にしていた。無事な人は、食べていない。


「食堂の飯……?」シュンさんの顔が強張る。「まさか」


シルビィが弾かれたように厨房へ走った。残った食材を片っ端から検分し――そして、ぴたりとその手が止まる。


「……毒だ」


絞り出すような声だった。


「食材に毒が混ぜられてる。ごく微量だから、高ランクの頑丈な体ならなんともない。でも、低ランクの免疫の低い体は――これに負ける」


しん、と医務室が静まり返る。


毒。この安全なはずの砦の、あのあたたかい食堂の飯に。僕が“居場所”だと感じたばかりのあの場所に、悪意がそっと混じっていた。胃の奥が、ぎゅっと冷たくなる。


「今は対症療法で抑えてる。命に別状は……たぶん、ない。でも」シルビィが唇を噛んだ。「毒が体の外から入り続けたら、もたない。根っこを断たなきゃ意味がないんだ」


体の外から入り続けたら、もたない。つまり、倒れたあの人たちを本当に助けるには、毒を盛った“元”を止めるしかないということだ。



「……ユウマ。お前、平気なのか」


シュンさんが、ふと気づいたように僕を見た。そうだ。G2の僕が、どうして平気なのか。


「あ……僕、今朝は朝ごはん食べてなくて」


寝坊して、訓練に遅れそうで、ばたばたと飛び出してきたから。いつものだらしなさが、今日ばかりは僕を救っていた。


皮肉なものだ。何ひとつ取り柄のない僕が、ただ朝食を抜いた、それだけの理由でこうして立っている。



その日の夜、僕は団長室に呼ばれた。部屋にはすでに、メルドさんとシュンさん、それに見慣れない一人がいた。軽装を着崩した、気だるげな目つきの女の人。……誰だろう。


「――状況は、シュンから聞いた」


いつもの豪快さを潜めた低い声で、ボスが言う。


「毒は“食材そのもの”に仕込まれていた。基地の貯蔵庫に入ってからじゃない。もっと手前――食材がこの基地に届くまでの、どこかだ。輸送の経路か、あるいは生産地か。そのどこかで毒は盛られた」


「敵は砦の壁を越えずに、俺たちの“胃袋”を突いてきた。この基地はもう、中にいれば安全とは言えん」


武力じゃない。策で、内側から崩しにきた。相手はただの荒くれ者じゃない――ボスの静かな声の底に、隠しきれない警戒の色が滲んでいた。


「メルド、シュン、それにツグミ。お前たち三人で、食材の輸送経路と生産地を辿り、毒の出所を洗ってこい。倒れた連中の命が、かかってる」


「あいよ」「わかりました」


気だるげな女の人――ツグミさん、というらしい――が、面倒くさそうに、それでも小さく頷いた。


「そして――ユウマ」


ボスの目が、僕を捉える。


「お前も、ついて行け」


「え……ぼ、僕もですか?」


毒の調査なんて、G2の新人の僕に務まるはずがない。戸惑う僕に、ボスは静かに続けた。


「勘違いするな。お前に、毒を解決しろとは言わん。……今この砦は、低ランクを狙われて破られたばかりだ。お前をここに置いておくほうが、よほど危ない。三人の目の届くところで、預かってもらう。それだけだ」


なるほど。僕は“戦力”じゃなく、“守るべき荷物”として、連れて行かれるんだ。情けないけれど、それが今の僕の、正しい立ち位置だった。


「へえ。この子が、噂の“無能”くん」


ツグミさんが、気だるげな目で、僕を上から下まで眺めた。


「まあ、足手まといにならなきゃ、それでいいよ。あたし、荷物運びは嫌いじゃないし」


からかっているのか、慰めているのか。掴みどころのない人だ。でも、その軽い口ぶりが、張り詰めた部屋の空気を、少しだけ緩めてくれた。


「おい、ツグミ。新入りを、あんまりからかってやるな」メルドさんが呆れたように言う。「……こいつは俺が仕込んでる。筋は、悪くねぇんだ」


ぶっきらぼうな、その庇い方が、なんだかくすぐったかった。


「新人を、外に、か」メルドさんが渋い顔で唸る。「……まあいい。俺が目を離さなきゃいい話だ」


「護衛の段取りは、私が組むわ」


ドアの脇の影から、凛とした声がした。


――お嬢だった。


「こういう時に、新人をこぼすのが、いちばん嫌い。ルートも隊列も、すべて私が組む。文句はないわね」


その揺るぎない声に、強張っていた肩の力が、少しだけ抜ける。相変わらず取りつく島もない。でも、その“こぼしたくない”が、今の僕には何より心強かった。


どんな些細なリスクも潰す。ルートも、時間も、人員も、何もかもを彼女がたった一人で緻密に組み上げていく。その完璧すぎる段取りに、僕はただ身を委ねるしかなかった。


その夜、僕はほとんど眠れなかった。倒れて動かない仲間のこと。初めて足を踏み入れる“外”のこと。そして、荷物として運ばれるだけの、無力な自分のこと。天井を見上げたまま、何度も寝返りを打つ。……それでも、と思う。役に立てなくてもいい。せめて、足手まといにだけは、なるまい、と。


こうして、僕の初めての“基地の外”は、この上なく厳重な護衛と、綿密に練られた段取りに守られて始まった。重要な荷物のような扱いで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ