第8話 「朝日で、人は整う」
昔の人は、
自然の中で生きていた。
光。
風。
海。
熱。
人は本来、
それらに整えられていたのかもしれない。
夜明け前だった。
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別府への道は、
静かだった。
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海沿いを進む馬の足音だけが、
暗闇へ響いている。
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宗麟。
ハリー。
臼杵鑑速。
そしてアルメイダ。
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最低限の人数だけで、
東へ向かっていた。
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「……妙な気分ですな」
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鑑速が、
静かに呟く。
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「戦が近いというのに、
海を見に行くとは」
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宗麟が苦く笑った。
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「俺もそう思う」
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だが。
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なぜか、
止めようとは思わなかった。
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隣を見る。
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ハリーの顔色は、
まだ悪い。
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だがその目だけは、
前を見ていた。
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「もう少しです」
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やがて。
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視界が開ける。
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海だった。
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静かな波。
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湯けむり。
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硫黄の香り。
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別府。
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ハリーは、
その景色を見た瞬間、
小さく息を呑んだ。
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「……戻ってきた」
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「何?」
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「いや……
なんでもない」
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未来の記憶。
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朝のスパビーチ。
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仕事前。
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壊れそうな時。
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何度も、
ここで朝日を浴びた。
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すると。
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身体の奥へ、
熱が戻ってきた。
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まるで、
止まった流れが動き出すように。
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「東を見てください」
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ハリーが言う。
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宗麟たちは、
黙って海を見る。
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そして。
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水平線が、
ゆっくり金色に染まり始めた。
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朝日。
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光が、
海から昇る。
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その瞬間だった。
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ハリーの呼吸が変わる。
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「……っ」
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胸の奥へ、
熱が流れ込む。
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止まりかけていた流れが、
静かに戻っていく。
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アルメイダが目を見開く。
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「脈が戻っている……」
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宗麟も、
言葉を失っていた。
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ただ朝日を浴びているだけ。
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なのに。
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空気が違う。
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呼吸が深くなる。
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胸が軽い。
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「……なんだ、
これは」
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宗麟が呟く。
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ハリーは、
朝日を見つめたまま言う。
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「サンパワーです」
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「さん……?」
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「未来の俺は、
勝手にそう呼んでました」
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鑑速が苦笑する。
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「変わった男だ」
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だが。
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誰も笑えなかった。
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本当に、
空気が変わっていたからだ。
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宗麟は、
静かに海を見る。
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こんな朝を、
いつ以来見ていなかっただろう。
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戦。
政治。
裏切り。
責任。
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ずっと、
頭の中が止まらなかった。
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だが今は違う。
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ただ、
波の音が聞こえる。
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「……人は」
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宗麟が小さく呟く。
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「こんなふうに、
休んでも良かったのか」
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ハリーは、
静かに笑った。
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「本当は、
それで整ってたんです」
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風が吹く。
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朝日が、
四人を照らしていた。
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その時だった。
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ハリーの視界が、
一瞬だけ揺れる。
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黒い船。
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異国の旗。
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そして。
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一人の男。
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感情のない目で、
こちらを見ている。
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「……っ」
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ハリーの表情が変わる。
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アルメイダが気づく。
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「どうしました」
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ハリーは、
海の向こうを見る。
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「……来る」
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「何がです」
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ハリーの声は低かった。
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「島津側にも、
“知っている者”がいる」
読んでいただきありがとうございます。
別府、
朝日、
温泉、
海。
この作品では、
“自然が人を整える”というテーマも、
大きな軸として描いていきます。




