第60話 見えない価値
目に見えないものほど。
信じることは難しい。
だからこそ。
本物は試される。
薩摩。
黄金の天秤は静かに庭を眺めていた。
一人の家臣が頭を下げる。
「人質救出は失敗いたしました。」
黄金の天秤は振り返らない。
「構わぬ。」
家臣は顔を上げた。
黄金の天秤は静かに続ける。
「人を救う者には。」
「弱点がある。」
庭の木々を見つめる。
「整え。」
「目には見えぬ。」
「だから。」
「証明も難しい。」
静かな笑みを浮かべる。
「人は。」
「分からぬものを恐れる。」
「恐れたものから離れる。」
家臣は頷いた。
黄金の天秤は最後の命を下す。
「噂を流せ。」
「整えは詐欺だ。」
「治ったのではない。」
「自然に治っただけだ。」
「時間が治しただけだ。」
「整えなど。」
「誰にでも言える。」
家臣たちは一斉に頭を下げた。
「はっ。」
その日から。
豊後中へ。
静かな噂が流れ始めた。
――――――――
府内。
整命部隊。
患者の姿が減っていた。
昨日まで並んでいた人々が。
今日は来ない。
城下でも。
囁き声が聞こえる。
「整えって。」
「本当に効くのか。」
「結局。」
「自然に治っただけじゃないか。」
「騙されていたのかもしれん。」
その言葉は。
静かに。
確実に広がっていった。
整命部隊の兵たちも。
悔しそうに下を向く。
アルメイダは拳を握る。
「知ろうともせず。」
「否定するとは……。」
宗信は怒りを抑えきれない。
「俺が話してきます!」
しかし。
ハリーは首を横に振った。
「いいんです。」
それだけだった。
翌日。
患者はさらに減った。
三日後。
誰も来なかった。
静かな部屋。
朝日だけが差し込む。
ハリーは。
いつも通り。
床を拭く。
道具を整える。
窓を開ける。
風を入れる。
誰もいない部屋を。
いつもと変わらず整えていた。
宗麟はその姿を見つめる。
「苦しくはないのか。」
ハリーは少しだけ笑う。
「苦しいですよ。」
「ですが。」
「自然は。」
「答えを急ぎません。」
「身体も同じです。」
宗麟は黙る。
ハリーは庭へ出る。
芽吹いたばかりの草。
ゆっくり流れる雲。
朝露に濡れた葉。
何も変わらない。
自然だけが。
静かに時を刻んでいた。
その夜。
薩摩。
家臣が報告する。
「整命部隊は孤立しました。」
黄金の天秤は。
静かに目を閉じる。
「そうか。」
「人は。」
「見えぬものを信じ続けることはできぬ。」
ゆっくり立ち上がる。
「これでよい。」
夜風が庭を吹き抜ける。
遠く離れた豊後では。
一人。
朝を待つ男がいた。
誰にも理解されず。
誰にも弁明せず。
それでも。
自然を見つめ続ける男が。
静かに空を仰いでいた。
答えを急ぐ人には。
見えないものがあります。
けれど。
自然は急ぎません。
身体もまた。
自然の一部なのです。




