第59話 次の一手
本当の勝負は。
一手先では決まらない。
相手の心を読んだ者が。
最後に盤を制する。
薩摩。
静かな屋敷。
一人の兵が息を切らして駆け込んできた。
「申し上げます!」
「人質が……。」
「救出されました!」
部屋にいた家臣たちの顔色が変わる。
「申し訳ございません!」
「我らの失態です!」
誰もが頭を下げる。
しかし。
黄金の天秤だけは動かなかった。
静かに碁盤を見つめる。
白い石を一つ。
指先で転がす。
やがて。
小さく微笑んだ。
「見事だ。」
家臣たちは顔を上げる。
怒られると思っていた。
しかし。
黄金の天秤は穏やかだった。
「戸次鑑連。」
「予想以上だ。」
一人の家臣が震えながら尋ねる。
「追撃いたしましょうか。」
黄金の天秤は首を横に振る。
「不要。」
「一枚の駒は失った。」
碁石を置く。
「だが。」
「盤はまだこちらが広い。」
部屋に安堵が広がる。
しかし。
黄金の天秤だけは。
盤を見つめ続けていた。
「……いや。」
静かに笑う。
「盤を変える男がいる。」
その名を。
ゆっくり口にした。
「ハリー。」
「ようやく。」
「盤に上がったな。」
静かな声だった。
だが。
その瞳には。
初めて本物の興味が宿っていた。
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府内城。
兵糧係の妻と娘は。
無事に城へ迎えられた。
整命部隊の兵たちも。
皆が安堵していた。
笑顔が戻る。
泣き声が笑い声へ変わる。
だが。
一人だけ。
笑わない男がいた。
ハリーだった。
宗麟が静かに尋ねる。
「何か気になるか。」
ハリーは机の上を見る。
黄金。
毒。
偽の書状。
静かに並べられている。
「敵は。」
「人質を失いました。」
「ですが。」
「負けてはいません。」
部屋が静まり返る。
鑑連が腕を組む。
「どういうことだ。」
ハリーは毒を見つめた。
「敵が狙ったのは。」
「命ではありません。」
「信頼です。」
アルメイダが静かに頷く。
「なるほど……。」
「疑いを生み。」
「内側から崩す。」
「思想との戦いですね。」
ハリーも頷く。
「はい。」
「人は。」
「疑い始めた瞬間から。」
「仲間ではなくなります。」
宗麟は目を閉じた。
「恐ろしい戦いだ。」
ハリーは静かに微笑む。
「ですが。」
「逆もあります。」
全員が顔を上げる。
「人は。」
「信じた瞬間。」
「力になります。」
宗信は兵糧係を見た。
兵糧係も。
家族を見つめている。
その顔には。
昨日までの絶望はなかった。
宗麟はゆっくり立ち上がる。
「なるほど。」
「戦とは。」
「城を守ることではない。」
「人の心を守ることか。」
ハリーは深く頭を下げた。
「はい。」
「だから。」
「負けられません。」
宗麟は微笑む。
「ああ。」
「負けられんな。」
その言葉に。
鑑連も。
アルメイダも。
宗信も。
静かに頷いた。
誰も声を荒げない。
しかし。
その瞳には。
同じ決意が宿っていた。
その頃。
遠く薩摩では。
黄金の天秤が。
静かに次の白い碁石を置く。
「では。」
「次の一手だ。」
碁盤の上では。
まだ勝負は始まったばかりだった。
国は。
城で守られるのではない。
人と人との信頼で。
守られているのかもしれない。




