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第56話 信じる番

人は。

一人では。

立ち上がれない時がある。

だから。

誰かが手を差し伸べる。

夜。

府内城は静まり返っていた。

虫の音だけが。

静かに響いている。

宗信は眠れなかった。

何度も寝返りを打つ。

目を閉じても。

兵糧係の顔が浮かぶ。

青ざめた顔。

震える手。

怯えた目。

「違う……。」

宗信は小さく呟く。

「あれは病ではない。」

「あれは……。」

その瞬間。

宗信の脳裏に。

昔の自分が映った。

眠れなかった夜。

食べられなかった日々。

誰にも相談できず。

一人で苦しみ続けた時間。

「同じだ……。」

「俺と……。」

宗信は両手で顔を覆う。

「あの時。」

「俺も。」

「誰かに助けてほしかった。」

静かな夜風が吹いた。

庭の木々が揺れる。

その風に乗るように。

心の奥から。

優しい声が響いた。

──宗信。

宗信は顔を上げる。

──あれは、お前だ。

胸が熱くなる。

──お前は。

──信じてもらえた。

宗信の瞳から。

涙がこぼれた。

そして。

最後の一言が響く。

──今度は。

──お前が信じる番だ。

宗信は立ち上がった。

迷いはなかった。

夜の城下町を走る。

向かう先は。

一つしかない。

兵糧係の家。

小さな明かりだけが。

障子越しに漏れていた。

宗信は。

静かに戸を叩く。

返事はない。

もう一度叩く。

ゆっくり戸が開く。

兵糧係だった。

やつれ切った顔。

目は赤く腫れている。

宗信は何も聞かなかった。

何も責めなかった。

ただ。

家の中へ入り。

兵糧係の隣へ腰を下ろした。

沈黙。

長い沈黙。

やがて宗信が口を開く。

「俺も。」

「同じだった。」

兵糧係の肩が震える。

「眠れなかった。」

「食べられなかった。」

「誰にも言えなかった。」

「裏切るしかないと思っていた。」

兵糧係の瞳から。

涙があふれる。

宗信は続ける。

「だから分かる。」

「お前は今。」

「一人で全部背負おうとしてる。」

兵糧係は。

震える声で言った。

「言えません……。」

「言ったら……。」

「妻が……。」

「娘が……。」

その先は。

言葉にならなかった。

宗信は静かに頷く。

「苦しかったな。」

その一言で。

兵糧係の心は崩れた。

声を殺しながら泣く。

子どものように泣く。

宗信は背中をさする。

何も言わない。

泣き声だけが。

静かな夜に響く。

しばらくして。

宗信は穏やかに口を開いた。

「俺は。」

「ハリーさんに救われた。」

兵糧係は顔を上げる。

「だから。」

「今もここにいる。」

「今度は。」

「俺がお前を信じる。」

兵糧係は唇を震わせた。

「……でも。」

宗信は首を横に振る。

「一人で行くな。」

「一緒に行こう。」

「ハリーさんなら。」

「きっと道を探してくれる。」

兵糧係は。

目を閉じた。

長い間。

苦しみ続けた心が。

少しだけ軽くなる。

ゆっくり頷く。

「……はい。」

宗信は立ち上がる。

兵糧係も立ち上がる。

二人は並んで歩き出した。

夜空には。

満天の星が広がっていた。

その光は。

迷う二人の足元を。

静かに照らしていた。

人は。

信じてもらった記憶があるから。

今度は。

誰かを信じることができます。

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