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第53話 心を裂く者

戦は。

剣を交える前に。

心から始まる。

薩摩。

静かな部屋だった。

障子は閉ざされ。

机の上には。

九州一帯を描いた地図。

その前に。

黄金の天秤が座っていた。

部屋には数人の家臣。

誰一人。

口を開かない。

黄金の天秤は盤上の駒を一つずつ動かしていく。

龍造寺。

秋月。

そして。

大友。

静寂の中。

一人の男が口を開いた。

「いよいよ……宗麟を討つのですか。」

黄金の天秤は。

静かに微笑んだ。

「違う。」

短い一言だった。

部屋の空気が揺れる。

「宗麟を討てば。」

「宗麟は英雄になる。」

誰も言葉を返せない。

黄金の天秤は続けた。

「英雄は。」

「人を一つにする。」

「私は。」

「英雄など作らぬ。」

盤上の大友の駒を指先で軽く弾く。

駒は倒れない。

その代わり。

横に置かれた小さな駒が崩れた。

「王は。」

「一人では立てぬ。」

家臣たちは息をのむ。

「支える者がいる。」

「信じる者がいる。」

「その心を裂けば。」

「王は、自ら崩れる。」

誰も反論できなかった。

黄金の天秤は立ち上がる。

窓を開ける。

薩摩の風が静かに吹き込んだ。

「剣は。」

「人を斬る。」

「だが。」

「疑いは。」

「国を斬る。」

その言葉に。

部屋の温度が一気に下がった気がした。

「戦は人が起こす。」

少し間を置く。

「平和も。」

「人が保つ。」

そして。

黄金の天秤は振り返った。

「ならば。」

「人を乱せば。」

「平和は崩れる。」

誰も顔を上げられない。

その時。

一人の男が部屋へ連れて来られた。

粗末な着物。

震える足。

大友家の兵糧係だった。

黄金の天秤は男の前へ歩み寄る。

机の上へ。

小さな袋を置いた。

袋の口から。

黄金がのぞく。

男は首を横に振った。

「私には……できません……。」

黄金の天秤は答えない。

代わりに。

もう一つ。

小さな包みを置いた。

男の手が止まる。

包みの中には。

幼い娘がいつも髪につけていた。

木彫りの花飾り。

男の顔色が変わった。

「家族は。」

「預かっている。」

静かな声だった。

怒鳴りもしない。

脅しもしない。

だからこそ。

恐ろしかった。

黄金の天秤は袋を男へ押し出す。

「剣は要らぬ。」

「これを。」

「府内へ運べ。」

男の肩が震える。

涙が畳へ落ちた。

黄金の天秤は背を向ける。

「私は。」

「人を殺さぬ。」

「人の心を殺す。」

男は袋を抱え。

ゆっくりとうなだれた。

その頃。

府内では。

子どもたちの笑い声が響いていた。

整命部隊は。

今日も民と共に汗を流している。

宗麟も。

ハリーも。

まだ何も知らない。

平和は。

確かにそこにあった。

しかし。

その平和へ向かって。

一頭の馬が静かに走り始めていた。

男は袋を胸に抱え。

府内への道を進む。

その瞳には。

絶望しか映っていなかった。

剣より恐ろしいものがあります。

それは、人の心に生まれる「疑い」。

次回、府内に小さな波紋が広がり始めます。

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