第40話 疑いという病
病は。
身体だけに宿るものではない。
人の心にも。
静かに広がっていく。
府内城。
朝。
整命部隊はいつものように動いていた。
笑顔。
挨拶。
鍛錬。
呼吸。
傷の手当て。
町へ向かう者。
畑を手伝う者。
何一つ。
昨日と変わらない朝だった。
だが。
変わっていたものがある。
視線だった。
整命部隊の兵が廊下を歩く。
すれ違う兵たちは。
小さく頭を下げる。
しかし。
その背中を見送りながら。
誰かが小さく呟く。
「いいよな……」
「俺たちとは違う。」
その声は。
風に消えた。
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城下町。
市場。
魚を並べる男が言う。
「聞いたか。」
「兵糧に細工した男。」
野菜を売る女が頷く。
「ああ。」
「助かったんだってね。」
「普通なら打ち首だろ。」
「整命部隊が口を利いたらしい。」
隣で聞いていた老人が笑う。
「特別扱いか。」
その言葉を。
誰も否定しなかった。
誰も。
確かめようともしなかった。
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昼。
兵たちの食事。
一人が椀を見つめる。
「最近。」
「整命部隊は肉が増えたらしい。」
向かいの兵が首を傾げる。
「本当か?」
「知らん。」
「でも。」
「そう聞いた。」
誰も。
事実を知らない。
それでも。
噂だけが歩き始めていた。
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その頃。
整命部隊では。
「今日は畑の手伝いが終わったら、井戸掃除を頼む。」
「はい!」
「帰りに独り暮らしのお婆さんの様子も見てきます!」
「頼んだぞ。」
「はい!」
笑顔だった。
彼らは。
何も知らない。
町に広がり始めた。
小さな病のことを。
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夕暮れ。
宗信は城下を歩いていた。
聞こえてくる。
小さな声。
「整命部隊だけ。」
「ハリー様のお気に入り。」
「俺たちは。」
「ただの駒か。」
宗信は立ち止まる。
違う。
昨日までは。
こんな空気ではなかった。
誰かが。
ほんの少しだけ。
人の心を押した。
その揺れが。
町中へ広がっている。
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夜。
宗信はハリーの部屋を訪ねた。
「先生。」
「異変があります。」
ハリーは静かに顔を上げる。
「何だ。」
「誰も怒ってはいません。」
「誰も騒いでもいません。」
「ですが。」
「皆。」
「少しずつ。」
「疑い始めています。」
ハリーは目を閉じた。
「そうか。」
宗信は続ける。
「剣なら見えます。」
「敵も見えます。」
「ですが今回は。」
「敵が見えません。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて。
ハリーが口を開いた。
「身体も同じだ。」
宗信が顔を上げる。
「病は。」
「最初から痛みを出すわけではない。」
「静かに広がる。」
「だから。」
「気づいた時には。」
「全身に回っている。」
宗信は息をのんだ。
「では。」
「今の大友は……。」
ハリーは静かに頷く。
「心が病み始めている。」
その一言が。
部屋の空気を重くした。
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同じ頃。
府内の外れ。
黒衣の男が。
夜空を見上げていた。
その手には。
黄金の天秤。
男は小さく笑う。
「兵は。」
「腹では動かぬ。」
「心で動く。」
黄金の天秤が。
ゆっくりと傾く。
「次は。」
「嫉妬を量ろう。」
夜風が吹く。
府内にはまだ。
誰も気づかない病が。
静かに。
静かに。
広がり続けていた。
身体の病は。
熱が教えてくれる。
心の病は。
疑いから始まる。




