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第32話 月下の会談

救えない命もある。

それでも。

手を離せない人間がいる。

満月だった。

 海から吹く夜風が静かに草を揺らす。

 豊後と島津。

 両軍の境。

 誰も武器を抜かない。

 宗麟。

 鑑連。

 そしてハリー。

 対するは。

 レオン。

 月明かりの下。

 二人は初めて向き合った。

「会いたかった」

 レオンが微笑む。

「私もです」

 ハリーも笑った。

 不思議だった。

 敵同士なのに。

 初めて会うのに。

 どこか懐かしい。

 そんな感覚。

 宗麟が切り出す。

「戦を終わらせぬか」

 レオンは黙る。

 月を見る。

「私も」

「終わらせたい」

 その答えに。

 宗麟も驚いた。

 だが。

「無理です」

 レオンは続けた。

「島津は止まりません」

「私にも止められない」

 宗麟の目が細くなる。

「お主も苦労しておるな」

 レオンは少し笑った。

「数字は嘘をつきません」

「兵力」

「兵糧」

「鉄砲」

「すべて島津が上」

「だから私は島津に付いただけです」

 ハリーが静かに聞く。

「それで幸せですか?」

 レオンの表情が止まる。

「幸せ?」

 考えたこともない問いだった。

「人は」

「数字だけでは動きません」

「家族」

「仲間」

「信頼」

「安心」

「笑顔」

「そういうものも戦力になります」

 レオンが小さく笑う。

「そんな曖昧なものを」

「私は信じません」

 だが。

 言葉とは裏腹に。

 心が揺れていた。

 その時だった。

 ハリーの視界が揺れる。

 ぐらり。

 世界が傾いた。

「ハリー!」

 宗麟が支える。

「大丈夫です」

 笑って誤魔化す。

 だが。

 アルメイダの顔色が変わった。

 脈。

 呼吸。

 顔色。

 全てがおかしい。

 さらに。

 レオンも見ていた。

 誰よりも人を観察する男。

 数字を見る男。

 その彼が。

 違和感を覚える。

「……」

「まさか」

 その夜。

 会談は物別れに終わった。

 だが。

 帰り道。

 アルメイダが怒った。

「何故だ!」

 珍しく声を荒げる。

「何故そこまで命を削る!」

 宗麟も鑑連も止まる。

「何の話だ?」

 アルメイダの拳が震えていた。

「知らぬのか!」

「この男は!」

「昔からそうだ!」

「助からぬ病人を!」

「最後の最後まで整え続ける!」

「家族が諦めても!」

「本人が諦めても!」

「自分の命を削ってでも!」

 静寂。

 ハリーが苦笑した。

「職業病ですよ」

「馬鹿者!!」

 アルメイダの目に涙が浮かぶ。

「何人看取ってきた!」

「何人の最期に付き合った!」

「心臓が悲鳴を上げておる!」

 宗麟も。

 鑑連も。

 初めて知った。

 この男の優しさの裏側を。

 そして。

 遠く。

 帰路につくレオン。

 月を見上げながら。

 小さく呟く。

「……何故だ」

「何故」

「そこまで他人のために」

 その顔には。

 初めて。

 理解できないという表情が浮かんでいた。

今回のテーマは、

「救えない命」

でした。

人は万能ではありません。

救えない命もあります。

それでも。

最後まで寄り添う人間がいます。

その優しさは、

時に自分自身を傷付けることもあります。

次回。

第33話 命を削る男

初めて宗麟と鑑連が、

ハリーの生き方に触れることになります。

そしてレオンの心にも、

小さな変化が生まれ始めるのでした

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