第3話 南蛮医アルメイダ
知識だけでは、
人は救えない。
だが、
知識がなければ、
もっと救えない。
戦国の豊後には、
世界の知が集まり始めていた。
城の空気が、
少し変わっていた。
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昨日までとは違う。
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家臣たちの目に、
わずかな希望が戻っている。
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宗麟が、
久しぶりに眠れたからだ。
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「……本当に、
呼吸が落ち着いておられる」
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「顔色も違う」
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廊下の奥で、
家臣たちが小声で話していた。
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だが。
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全員が、
ハリーを信用したわけではない。
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「得体が知れん」
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「妖術かもしれぬ」
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「御屋形様に近づけて良い男では——」
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「その男を連れて来たのは、
私です」
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低く静かな声。
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家臣たちが振り向く。
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一人の南蛮人が立っていた。
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黒い外套。
深い目。
そして、
どこか疲れた顔。
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「アルメイダ様……!」
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ルイス・デ・アルメイダ。
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医師。
貿易商。
そして、
宗麟が最も信頼する異国の男。
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アルメイダは、
静かにハリーを見る。
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「昨日の話、
聞かせていただきました」
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「身体の流れを見る男、
ですか」
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ハリーは、
少しだけ目を細める。
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「……あなた、
医者ですね」
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アルメイダが驚く。
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「なぜ分かるのです」
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「人を見る目が、
商人だけじゃない」
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空気が止まる。
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アルメイダは、
ゆっくり笑った。
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「面白い」
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「久しぶりです。
人間を見て話す人は」
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家臣たちが戸惑う。
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宗麟が現れた。
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昨日より、
明らかに顔色がいい。
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「アルメイダ」
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「御屋形様」
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二人の間には、
長い信頼があった。
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宗麟が、
ハリーを見る。
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「お前の言った通りだった」
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「少し眠っただけで、
頭の重さが違う」
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ハリーは静かに頷く。
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「人間は、
回復できなくなると壊れます」
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「戦より先に」
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アルメイダが、
興味深そうに聞く。
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「あなたの医学は、
どこで学んだのです」
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ハリーは答えない。
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未来のことは、
話せない。
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胸が、
少し痛む。
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だから。
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「……壊れた人間を、
ずっと見てきただけです」
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宗麟が目を細める。
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その言葉には、
妙な重みがあった。
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アルメイダが、
静かに椅子へ座る。
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「では、
私にも教えていただきたい」
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「御屋形様は、
なぜここまで弱っておられる」
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家臣たちが息を呑む。
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誰も、
そこへ触れなかった。
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だがハリーは、
迷わず答えた。
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「優しすぎるからです」
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宗麟が止まる。
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「……何」
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「全部抱えてる」
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「国も」
「戦も」
「人も」
「期待も」
「孤独も」
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「だから、
内側から潰れていく」
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部屋が静まり返る。
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宗麟自身ですら、
そんなふうに考えたことはなかった。
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アルメイダだけが、
静かに目を閉じる。
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「……やはり、
似ている」
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「何がだ」
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宗麟が聞く。
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アルメイダは、
ゆっくり呟いた。
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「昔、
私を医師の座から追い落とした男がいました」
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「知識はあった」
「金もあった」
「頭も切れた」
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「だが、
人間を数字でしか見なかった」
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ハリーの目が変わる。
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嫌な感覚。
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未来で、
何度も見た目。
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「……その男は」
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アルメイダは、
静かに続ける。
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「今、
島津側にいるかもしれません」
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空気が凍った。
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宗麟が、
ゆっくり立ち上がる。
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「つまり」
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「島津には、
異国の知恵が入っていると?」
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アルメイダは、
静かに頷いた。
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「もしそうなら、
これはただの戦ではありません」
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ハリーは、
窓の外を見る。
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雨が止み始めていた。
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だが。
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空気はまだ、
重かった。
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何かが来る。
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そんな予感だけが、
静かに広がっていた。
読んでいただきありがとうございます。
ここでアルメイダが本格登場です。
戦国時代の豊後には、
実際に南蛮文化や医学が流れ込み、
日本でもかなり特殊な空気が存在していました。
「知識」と「人間性」。
その対立も、
この物語の大きなテーマになっていきます。




