第2話 その敗北は、戦のせいではない
人は、
外からではなく、
内側から崩れていく。
ハリーは、
それを嫌というほど見てきた。
部屋の空気が重かった。
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薬の匂い。
湿った畳。
閉じた障子。
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息が詰まる。
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ハリーは、
静かに部屋を見回した。
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「……暗い」
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その一言に、
家臣たちが顔を上げる。
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「なに?」
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「空気が死んでる」
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年老いた家臣が、
眉をひそめた。
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「貴様……
御屋形様の前で——」
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「だから壊れるんです」
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ハリーは、
宗麟を見る。
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大友宗麟。
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鋭い目。
強い知性。
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だが。
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身体の“流れ”が、
完全に止まりかけていた。
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「……お前、
何者だ」
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宗麟が低く言う。
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その声には、
怒りより疲れがあった。
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ハリーは答えない。
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代わりに、
部屋の窓へ歩く。
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障子を開けた。
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光が入る。
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風が流れた。
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家臣たちが目を細める。
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「閉めろ!」
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「御屋形様のお身体に障る!」
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だがハリーは、
静かに首を振った。
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「逆です」
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「閉じてるから、
壊れる」
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宗麟の呼吸が、
少しだけ変わる。
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風。
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光。
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ほんの少しだけ、
部屋の空気が動いた。
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「……戦の負けではない」
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ハリーが呟く。
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「あなたは、
先に内側で負けてる」
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空気が凍った。
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家臣たちの顔色が変わる。
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「無礼者!!」
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一人が刀に手をかける。
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だが。
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「待て」
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宗麟が止めた。
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静かだった。
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その目は、
ハリーを見ている。
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「続けろ」
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ハリーは、
宗麟の胸を見る。
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「眠れてない」
「食えてない」
「呼吸が浅い」
「ずっと気を張ってる」
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「それで、
身体だけ強くなるわけがない」
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宗麟の目が、
わずかに揺れる。
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図星だった。
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誰にも言われなかった。
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いや。
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誰にも、
見抜かれなかった。
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「……お前、
医者か」
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「違います」
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ハリーは静かに答える。
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「整えるだけです」
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「整える?」
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「人間は、
壊れる前に流れが止まる」
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「身体も」
「感情も」
「組織も」
「国も」
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「全部同じです」
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宗麟は、
黙ったまま聞いている。
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不思議だった。
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この男の言葉は、
妙に胸へ入ってくる。
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その時だった。
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突然。
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宗麟の呼吸が乱れる。
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「……っ」
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胸を押さえる。
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家臣たちが動く。
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「御屋形様!!」
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だがハリーだけは、
静かだった。
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宗麟の背中へ回る。
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そして。
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肩へ、
そっと手を置いた。
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瞬間。
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宗麟の身体が、
大きく震えた。
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「なっ……!」
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止まっていた呼吸が、
一気に流れ込む。
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熱。
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血。
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心臓。
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身体の奥で、
何かが動き始める。
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宗麟が目を見開いた。
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「……なんだ、
これは」
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ハリーの額から、
汗が落ちる。
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その顔は、
少しだけ苦しそうだった。
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「……無理に、
動かした」
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宗麟が、
初めてハリーを真正面から見る。
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この男は危険だ。
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だが同時に。
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この男だけが、
自分を見抜いている。
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宗麟は、
静かに呟いた。
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「お前、
本当に何者だ」
読んでいただきありがとうございます。
ここから少しずつ、
「整える」という概念が、
戦国へ入り始めます。
大友宗麟という人物の、
“強さ”と“弱さ”の両方を書いていきたいと思っています。




