第21話 泣き声のする屋敷
恐怖は人を従わせる。
だが。
希望は人を動かす。
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夜だった。
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島津領の外れ。
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月明かりが、
静かに町を照らしている。
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ハリーは立ち止まった。
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風が吹く。
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その風に混じって。
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小さな泣き声が聞こえた。
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子供だった。
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遠く。
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大きな屋敷の方から聞こえる。
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「やっぱりか」
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ハリーが呟く。
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昼間から違和感があった。
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町全体が暗い。
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呼吸が浅い。
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笑顔が少ない。
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皆。
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何かを恐れている。
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その中心が。
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この屋敷だった。
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塀の外から様子を見る。
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見張りが二人。
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だが。
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兵というより。
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監視役だった。
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肩が固い。
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目が死んでいる。
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呼吸も浅い。
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ハリーは小さく息を吐く。
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「こっちも被害者か」
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その時だった。
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屋敷の奥。
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格子窓の向こうに。
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一人の少女が見えた。
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宗信の娘だった。
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間違いない。
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宗信から聞いていた。
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髪飾り。
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好きな花。
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顔立ち。
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全部一致していた。
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そして。
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その隣には。
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母親。
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さらに幼い弟。
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三人とも生きている。
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ハリーは安堵した。
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だが。
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次の瞬間。
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背後から声がした。
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「旅人にしては、
面白い所を見ていますね」
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ハリーの目が細くなる。
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振り返る。
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そこにいたのは。
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一人の男。
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細身。
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知的な顔。
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柔らかい笑顔。
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だが。
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目だけが笑っていない。
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ハリーは理解した。
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この男だ。
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町の空気を重くしているのは。
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男が微笑む。
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「夜の散歩ですか?」
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「ええ」
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ハリーも笑う。
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「人を見るのが仕事なので」
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男の眉が少し動く。
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「ほう」
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「医者ですか?」
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「似たようなものです」
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短い沈黙。
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風が吹く。
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その間にも。
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互いが互いを観察していた。
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呼吸。
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姿勢。
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目線。
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癖。
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男が先に口を開く。
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「あなたは面白い」
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「普通の人間は、
この屋敷を見ても通り過ぎる」
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「でもあなたは違う」
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ハリーは静かに答えた。
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「泣き声が聞こえたので」
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男が笑う。
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「優しいんですね」
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その言葉に。
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ハリーは少しだけ違和感を覚えた。
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優しさを褒めている。
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だが。
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その男自身は。
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優しさを信じていない。
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そんな目だった。
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男は帽子を取る。
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「失礼」
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「名乗るのが遅れました」
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そして。
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深々と頭を下げた。
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「レオン・バルディアです」
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空気が止まる。
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ついに。
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ついに。
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出会ってしまった。
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大友を追い詰める男。
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人を数字で見る男。
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レオンが静かに微笑む。
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「あなたは?」
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ハリーも微笑んだ。
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そして答える。
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「ただの整体師です」
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その瞬間。
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レオンの目が。
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初めてわずかに細くなった。
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ついに、
ハリーとレオンが直接対面しました。
レオンは人を数字で見ます。
ハリーは人を観ます。
似ているようで、
まったく違う二人です。
次回は、
二人の最初の心理戦が始まります。
読んでいただきありがとうございました。




