第15話 兵糧より大切なもの
戦国の勝敗は、
兵糧で決まる。
誰もがそう信じていた。
だが。
身体の中にも、
もう一つの兵糧庫があることを、
ハリーは知っていた。
翌朝。
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広間には、
宗麟。
戸次鑑連。
臼杵鑑速。
アルメイダ。
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そして。
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兵站担当や後方支援の者たちが集められていた。
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「兵糧を節約できると聞いたが」
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宗麟が静かに言う。
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ハリーは頷いた。
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「正確には違います」
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「兵糧を減らすんじゃない」
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「身体を整えるんです」
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全員が首を傾げる。
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「人間の身体には、
もう一つの兵糧庫があります」
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「兵糧庫?」
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鑑速が聞く。
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ハリーは自分の腹を指差した。
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「脂です」
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広間が静まり返る。
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「人は飢えに備えて、
力を蓄えています」
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「それが脂です」
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アルメイダの目が光る。
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「なるほど……」
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「ですが」
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ハリーは続けた。
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「流れが悪いと、
その兵糧庫を使えない」
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「だから疲れる」
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「だから腹が減る」
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宗麟は腕を組んだ。
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「ではどうする」
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「まず呼吸です」
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「胸だけでも駄目」
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「腹だけでも駄目」
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「人間は全身で呼吸しています」
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兵たちは不思議そうな顔をする。
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「戦になると、
恐怖で呼吸が浅くなる」
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「浅くなると疲れる」
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「疲れると判断を誤る」
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誰も反論できなかった。
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全員が経験していた。
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「次は身体です」
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ハリーは兵たちを二人一組にした。
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「尻の横をほぐします」
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鑑連が笑う。
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「尻で戦が変わるのか」
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「変わります」
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ハリーは真顔だった。
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「ここは身体で一番大きな力の袋です」
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「走る」
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「立つ」
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「踏ん張る」
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「全部ここを使います」
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兵たちは足の裏で、
互いの尻の横へ体重を乗せる。
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「止まる所まで」
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「そこで揺らしてください」
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小さく。
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ゆっくり。
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左右へ。
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「おおっ!」
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「足が軽い!」
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「腰が違う!」
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あちこちから驚きの声が上がった。
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宗麟も目を見張る。
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兵たちの顔色が変わっていた。
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「最後は頭です」
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ハリーが周囲を見回した。
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「手ぬぐいはありますか?」
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兵が差し出す。
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「ありがとうございます」
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頭へ手ぬぐいを当てる。
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そして。
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髪を洗うように頭皮を動かした。
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「頭も疲れるんです」
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「家族を心配する」
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「戦を考える」
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「死を恐れる」
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「全部、
頭の仕事です」
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老兵が目を閉じた。
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「気持ちいい……」
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「頭が軽い」
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「目が開く気がする」
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アルメイダが脈を取る。
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そして驚いた。
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「本当だ……」
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「脈が安定している」
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ハリーは静かに笑った。
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「身体は全部つながっています」
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「頭も」
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「呼吸も」
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「足も」
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「心も」
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「全部です」
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宗麟は兵たちを見つめた。
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笑っている。
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話している。
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目に光が戻っている。
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戦の前なのに。
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希望が生まれている。
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その時だった。
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一人の老兵が言った。
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「最近、
飯が少なくても動けます」
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「身体が軽いんです」
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広間が静まる。
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ハリーは頷いた。
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「それです」
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「人間は思っている以上に強い」
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「整えば」
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「まだまだ動ける」
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宗麟は初めて理解した。
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この男は。
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兵を鍛えているのではない。
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人間を取り戻しているのだと。
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今回はハリーの整命術が、
個人から軍全体へ広がる最初の一歩でした。
戦国時代は兵糧との戦いでもあります。
実際の歴史でも、
兵糧が尽きれば強い軍も動けません。
ですが人間の身体には、
本来備わっている力があります。
呼吸。
休息。
安心。
そして身体の流れ。
この物語では、
そうした「目に見えない戦力」も描いていきたいと思っています。
次回はいよいよ、
レオンが送り込んだスパイと、
ハリーの偽情報作戦が動き始めます。
読んでいただきありがとうございました。




