第22章「深まる絆」
【さくらside】
9月。夏休み中に受けた特別夏期講座でみっちり勉強したこともあり、少しだけ肩の力が抜けた。
とはいえ、受験勉強を休むわけではない。模試の結果も上々で、受験を前向きに捉えられるようになってきた。
(たかしくんとのデート、いつになるのかな……)
お互い受験一色の毎日で、時間的にも精神的にもデートする余裕はなかった。
予備校で少しだけ顔を合わせる。たったそれだけの時間が、嬉しかった。
けれど、やっぱり二人だけで過ごす時間が恋しかった。
以前話していた“遠距離恋愛”のこと。
それについても、そろそろ真剣に話してもいいかもしれない。そんな気持ちが、ふと心に浮かんだ。
隆司くんなら、きっとうまくいく——
これまで積み重ねてきた時間がそう思わせてくれる。
一緒に笑った時間。勉強で支え合った日々。
それを思えば、片道1時間ほどの距離なんて、きっと乗り越えられる。
二人で過ごす幸せな時間を、これからも作っていけると信じていた。
——久しぶりに、ゆっくりと隆司の顔が見たくなった。
思い立ったが吉日。自宅からほど近いカフェで、ほんの2時間でも一緒に過ごそうと決めた。
「隆司、元気? たまにはカフェでお茶しない? ゆっくり顔見て話したいんだ」
率直な気持ちをそのままLINEで送る。
”ピロリン”
返信はすぐに来た。
「いいよ。だったら週末でもいい? 土曜とか?」
週末なら、勉強のことを少し忘れて、集中してデートできそうだ。
「いいよ。自宅付近の『トラットリア・ダ・ソル』って店でいい?」
「もちろん。自宅近くならゆっくりできるな。じゃあ、11時に。」
隆司にとっても、リラックスできる場所がいい。
「うん、11時に」
LINEのやり取りを終えると、再び机に向かい、参考書を開く。
机の上には、隆司にもらったガラス石。
それをそっと握りしめ、気持ちがちゃんと伝わりますようにと願いを込めた。
* * *
デート当日。
フレアスカートにブラウス、そして薄手のカーディガン。
清楚な印象になるように意識してコーディネートした。
左手には腕時計と、隆司からプレゼントされたブレスレット。
緊張して、つい顔をパンパンと軽くたたいてしまう。
階段を降りながら「行ってきまーす」と声をかけると、
母が「行ってらっしゃーい。隆司くんによろしくねー」と、いつものように余計な一言を添えて見送ってくれた。
足早に家を出る。
(前にもこんなことあったな……)
そんなふうに思いながら、『トラットリア・ダ・ソル』に向かう。
秋の気配が漂う穏やかな風の中、
彼に会える嬉しさが、足取りを軽くしてくれた。
【隆司side】
”ピロリン”
おっ、さくらからLINE。珍しいな……。
そう思いながらアプリを開くと、カフェデートの誘いだった。
(え、なにかあったのか? 勉強のことか、それとも……まさか別れ話!?)
ゴツン
気づけば、反射的に壁に頭突きしていた。
もはや癖になっているらしく、自分でも気にならなくなっていた。
(……あー、今ので勉強した内容、消えてなきゃいいけど)
一度深呼吸して、冷静になる。
予備校でもさくらの様子はいつも通りだったし、接し方に変化はなかった。
——別れるって決まったわけじゃない。
深読みするのはやめた。
彼女を信じよう。きっと、何か話したいことがあるんだろう。
何があっても受け止めようと覚悟だけ決めて、もう一度勉強に集中した。
* * *
デート当日。
半袖シャツに黒のパンツ、白いスニーカーという休日らしいラフな格好。
登校時はローファーだから、こういうカジュアルな服装がなんだか新鮮に感じる。
店には早めに着いた。
『トラットリア・ダ・ソル』は開店直後で、まだ客も少なかった。
窓際の二人席に案内され、メニューを見ながらさくらを待つ。
ほどなくして、入り口に彼女の姿が見えた。
軽く手を振ると、さくらも笑顔で応えて席へと歩み寄る。
息が少し荒い。走ってきたのかもしれない。
「待たせた? ごめん。服装、迷っちゃって……へへっ」
照れ笑い混じりの声が、いつものさくらで安心する。
「スカート、すごく似合ってる。めっちゃ可愛い」
久しぶりのデートでテンションが上がって、つい本音が飛び出した。
「えっ、隆司くん……嬉しいけど、恥ずかしい」
顔を赤くして、視線を逸らす彼女が可愛い。
「いや、本音だよ。俺の彼女、最高。言いふらしたいくらいだって」
言ってから自分で照れくさくなった。
でも、この際だからいいかな、なんて思っていた。
「もう、隆司のバカ。でも……ありがとう。嬉しい」
さくらが、ちょっと照れたように笑った。
「で、メニューは決めた? 早めのランチにしちゃおっか?」
「俺はカフェオレとアンチョビパスタにするよ。さくらは?」
自然と店員さんに注文を伝える役目を買って出る。
「私もカフェオレと……うーん、マルゲリータピザにしようかな。
よかったら、シェアしない?」
(おお、ナイス! 実は俺もピザ気になってたんだよな)
「いいね! 取り皿ももらおうか」
店員を呼び、二人分の注文と取り分け皿をお願いする。
* * *
「隆司くん。……実は、ちょっと相談があって、今日は来てもらったんだ」
(うわ、来た……嫌な予感は的中しませんように……!)
「うん、どうしたの?」
祈るような気持ちで、次の言葉を待った。
「私ね、恋愛って隆司くんが初めてで……遠距離恋愛もしたことないの。
でも、大学に行っても、ちゃんとお付き合い続けたいなって思ってる」
一瞬で胸が熱くなる。
なんだよ、嬉しすぎるじゃん。
前にこの話をしたときは、付き合い始めたばかりで、どうなるか想像がつかなかった。
でも今なら、わかる。——さくらは本気だ。
「俺も、ずっと一緒にいたいって思ってた。
大学はまだ決まってないけど、T大学から東京駅までは在来線で1時間ちょっとだろ?
俺が会いに行ってもいいし、東京で観光するのもアリだよな」
「うん。私ね、弱いところとか子供っぽいところ……見せちゃったよね。
それでも、隆司くんがいてくれたから、ここまで頑張れたの。
これから受験はもっと大変になると思う。だから、ちゃんと冷静に話しておきたくて。
隆司くんも、前向きに考えてくれてて、本当に安心した」
いつの間にか、さくらがすごく大人びて見えた。
(俺は……ちゃんと成長できてるのかな)
少しだけ不安になる。でも、その気持ちはすぐにかき消された。
彼女がこんなふうに真剣に向き合ってくれている。それだけで嬉しくて仕方なかった。
「俺もね、ずっと賛成派だったんだ。
……でも、実はちょっと不安だった。望みを持っていいのか分からなくて。
でも今日、さくらの話を聞いて、真剣に遠距離恋愛しようって思えたよ。ありがとう」
それは、心からの本音だった。
「よかった……。同じ気持ちでいられることが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
これからもよろしくね。……それとね、今日は、こうやって会えるのが少なくなるかもしれないから、
二人の時間をちゃんと大事にしたいって思って、誘ったの」
「さくら……ほんっとに嬉しいよ。
そばにいてくれて、ありがとな」
——めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、言ってよかった。
心からの「ありがとう」と「大好き」が詰まっていた。
* * *
そのタイミングで、料理が運ばれてきた。
アンチョビパスタ、マルゲリータピザ、そして取り皿が4枚。
さくらは丁寧に取り分けて、ピザから食べ始める。
隆司もピザを一口。
石窯で焼いたピザは、チーズがとろけて生地はカリッと香ばしい。
バジルとトマトソースの相性も抜群で、文句なしに美味しかった。
続いてパスタ。
アンチョビの旨味が口いっぱいに広がって、フォークが止まらない。
(……やっぱ大盛にすりゃよかった)
ふと、前にも同じことを思った記憶がよみがえる。
あのときも、水族館デートのあとにイタリアンで……。
思い出し笑いで、ふふっと声が漏れた。
「どうしたの? 面白いことでも思い出した?」
顔を上げたさくらが、不思議そうに見つめてくる。
「いやさ、また“大盛にすればよかった”って思ってて。
前に行ったイタリアンでも同じこと言ってたなーって。
俺、さくらの前だと、なんかカッコつけちゃうのかも」
——そんな自分も、今は笑い話にできる。
「ふふっ、そうなんだ。じゃあ、今度は最初から大盛にしようね!」
さくらは明るく笑ってくれた。
どんな自分も、まるごと受け入れてくれる。そんな優しさがあった。
「うん、次は絶対、大盛にしような」
ハハハッ。
二人の笑い声が店内にやさしく響いた。
* * *
食後はカフェオレを飲みながら、受験勉強の話をした。
共通テストを中心に、どう戦略を立てていくか。
まるで良き戦友のような空気だった。
さくらは共通テスト後、赤本を過去10年分やり込む予定らしい。
隆司は5年分を何度も周回する作戦だ。
——それぞれの目標を胸に、二人は同じ未来を見つめていた。
隆司はふと、窓の外に目を向けた。
空はどこまでも澄んでいて、秋の透明感が満ちていた。




