第20章「すれ違いと、春」
【隆司side】
四月になり、隆司も高校三年生になった。
桜は散り始め、街は新緑の匂いに包まれている。
学年は変わっても、クラス替えはなかった。
隆司の隣の席には、相変わらず倉本司が座っている。
「隆司、最近、彼女とはどうよ?」
司は挨拶代わりみたいに、軽い調子で話しかけてきた。
「あー、特に変わったことはないかな。毎日LINEで挨拶して、予備校でちょっと顔合わせるくらい」
隆司は天井を見上げるようにして、ここ最近の日常をぼそりと答える。
「なんだよ、受験生だからってさ、たまには息抜きにデートでもすりゃいいのに」
(それは、そうなんだけどな……)
煮え切らない表情の隆司に、司が冗談まじりで肘を突いてくる。
「彼女さ、地元の国立大狙ってるんだ。しかも理系だし、かなり大変みたいでさ」
「なるほどなー。そりゃ仕方ないわ。俺がその立場でも必死になると思うわ」
(うん、分かってる……仕方ない。けど──)
「ま、今度ちょっと声かけてみるよ。もしかしたら、遠慮してるのかもしれないし」
さくらが遠慮がちな性格じゃないのは知っている。
でも、今はお互いナイーブな時期だから、念のため聞いてみようと思った。
「司のアイデアに乗っかって、今度誘ってみるわ」
「おうよ、その意気、その意気!」
背中を押されるように、隆司は自然と笑みをこぼした。
隆司の最新の模試結果は、A判定に限りなく近いB。
得点を見て、ようやく光が差してきた実感があった。
(よし、次はA判定いけるかも。おみくじ、案外当たってるんじゃない?)
純粋に嬉しかった。さくらに少しずつ追いつけている気がしていた。
競争相手じゃない。けれど今では、恋人であり、戦友でもある。
帰宅後、隆司はLINEを送った。
「今度、近場でもいいからどこか行かない?」
……しかし、返事は来なかった。
既読もつかず、既読スルーでもなさそうだった。
(まぁ、忙しいんだろうな)
そう思おうとしても、内心では会いたくて仕方がなかった。
この腕で、さくらを抱きしめたくてたまらなかった。
三日が経っても、既読はつかないまま。
「今日、予備校で会えたら直接聞いてみよう」
放課後、講義を終えて自習室へ向かうと──
中央のブースに、さくらの姿があった。
「さくら、久しぶり。調子どう?」
何気ない一言だった。
けれど、顔を上げたさくらは涙目だった。
「隆司くん……」
「さくら!? 体調悪いの? 一緒に帰ろうか?」
慌てて声をかける隆司。事態がまったく読めない。
「……模試、B判定だったの。頑張ってきたのに、もう辛くて……」
ぽろぽろと涙をこぼすさくら。
B判定は決して悪くない。だけど、さくらにとっては、それが重荷になっていた。
「大丈夫だよ。さくらはちゃんと頑張ってる。
次は絶対、A判定に戻るよ。俺にできること、何でも言って」
震える声で、さくらは返す。
「……分かった、ありがとう。勉強、続けるね。帰り、一緒に帰りたい……」
「もちろん。終わったら声かけて。一緒に帰ろう」
こくんと頷いて、さくらは静かに席へ戻っていった。
隆司も勉強を始めたが、さくらのことが気になって、どうしても集中できなかった。
そして午後八時半、さくらが彼のブースにやってきた。
「隆司くん……帰ろ」
本当に参っている様子だった。
真面目な性格だからこそ、思うようにいかない結果は堪えるのだろう。
帰り道は、ほとんど言葉を交わさなかった。
最寄り駅から歩いて10分、さくらの家の前で足が止まる。
隆司は思い切って、さくらをぎゅっと抱きしめた。
耳元で、静かにささやく。
「俺のさくらは絶対大丈夫。今度は、きっとA判定とれる。
大丈夫だよ……俺がついてるから」
そう言って、そっと腕を離した。
さくらは力のない笑顔で「ありがとう」と一言だけ言って、
小さく手を振り、玄関の扉の向こうに消えていった。
心配だった。だけど、隆司もまた受験生。
だからこそ──
(俺も、頑張ろう。努力してる姿を見せて、さくらに元気を届けよう)
そう心に決めて、隆司はマンションへと帰っていった。
春の新緑が、ふたりの背中をそっと押してくれることを願いながら──。




