第19章 「受験戦争の厳しさ」
【さくらside】
公園でのキスは意外すぎて、心臓が跳ねた。
でも──内心、とても嬉しかった。
(隆司くん、なんだか最近ちょっと大胆。自信、ついてきたのかな?)
ココアで少しだけ体は温もったけど、やっぱり寒さがこたえる季節。
「そろそろ、帰ろっか」
さくらは隆司に声をかけた。
「そうだな。心はめっちゃ温かいけど、体が冷えないうちに帰ろうか」
(そのツッコミどころしかないダジャレ……隆司のバカ)
「ふふっ、そうだね。隆司くんのおかげで心はポカポカだよ」
あえてダジャレに乗ってみる。隆司が、ちょっと嬉しそうに笑った。
「そうだろ〜? 俺ってデートプラニングのセンスあるからな!」
(いや、そういうのは別に……でも、こういう照れ隠しが、やっぱり隆司らしい)
「はいはい。じゃあ、帰ろうね」
二人はお決まりのように手を繋ぎ、駅へと向かった。
家の前に着いたとき、やっぱり胸にじんわりと寂しさが広がる。
(もっと一緒にいたい……)
「じゃあ、また予備校でな」
そう言って、隆司は両手でさくらの手を包み込むように握ってくれた。
「うん……もっと一緒にいたいけど、また予備校で会えるもんね。
今日も素敵なデートをありがとう」
さくらは手を軽く振りながら、家の中へと入っていく。
その背中を見送って、隆司はマンションへと帰っていった。
初詣が終わり、週に三日、予備校に通う日々が始まった。
現役の高校三年生たちは、まさに受験本番。
教室にも自習室にも、ピリッとした空気が漂っている。
そのなかに混ざって、さくらたち高校二年生も“次の受験生”として加わっていく。
隆司とは文系・理系、そして私立志望と国立志望という違いもあって、
講義で一緒になることは少なかった。
だから、自習室で顔を合わせたときにちょっと話せるのが嬉しい。
自習室は、衝立のついたブース型の机で、集中するにはうってつけの環境だった。
さくらは空いている席を見つけると、問題集とテキスト、ノートを机に並べ、
お守り代わりに、ガラスの石がついたポーチをそっと取り出す。
鉛筆を持った瞬間、空気が変わる。
さくらはすぐに集中モードに入り、受験という“戦場”に没入していった。
そうして、静かに、けれど確実に──
受験のその日まで、戦いは続いていく。
第20章「すれ違いと、春」
【隆司side】
四月になり、隆司も高校三年生になった。
桜は散り始め、街は新緑の匂いに包まれている。
学年は変わっても、クラス替えはなかった。
隆司の隣の席には、相変わらず倉本司が座っている。
「隆司、最近、彼女とはどうよ?」
司は挨拶代わりみたいに、軽い調子で話しかけてきた。
「あー、特に変わったことはないかな。毎日LINEで挨拶して、予備校でちょっと顔合わせるくらい」
隆司は天井を見上げるようにして、ここ最近の日常をぼそりと答える。
「なんだよ、受験生だからってさ、たまには息抜きにデートでもすりゃいいのに」
(それは、そうなんだけどな……)
煮え切らない表情の隆司に、司が冗談まじりで肘を突いてくる。
「彼女さ、地元の国立大狙ってるんだ。しかも理系だし、かなり大変みたいでさ」
「なるほどなー。そりゃ仕方ないわ。俺がその立場でも必死になると思うわ」
(うん、分かってる……仕方ない。けど──)
「ま、今度ちょっと声かけてみるよ。もしかしたら、遠慮してるのかもしれないし」
さくらが遠慮がちな性格じゃないのは知っている。
でも、今はお互いナイーブな時期だから、念のため聞いてみようと思った。
「司のアイデアに乗っかって、今度誘ってみるわ」
「おうよ、その意気、その意気!」
背中を押されるように、隆司は自然と笑みをこぼした。
隆司の最新の模試結果は、A判定に限りなく近いB。
得点を見て、ようやく光が差してきた実感があった。
(よし、次はA判定いけるかも。おみくじ、案外当たってるんじゃない?)
純粋に嬉しかった。さくらに少しずつ追いつけている気がしていた。
競争相手じゃない。けれど今では、恋人であり、戦友でもある。
帰宅後、隆司はLINEを送った。
「今度、近場でもいいからどこか行かない?」
……しかし、返事は来なかった。
既読もつかず、既読スルーでもなさそうだった。
(まぁ、忙しいんだろうな)
そう思おうとしても、内心では会いたくて仕方がなかった。
この腕で、さくらを抱きしめたくてたまらなかった。
三日が経っても、既読はつかないまま。
「今日、予備校で会えたら直接聞いてみよう」
放課後、講義を終えて自習室へ向かうと──
中央のブースに、さくらの姿があった。
「さくら、久しぶり。調子どう?」
何気ない一言だった。
けれど、顔を上げたさくらは涙目だった。
「隆司くん……」
「さくら!? 体調悪いの? 一緒に帰ろうか?」
慌てて声をかける隆司。事態がまったく読めない。
「……模試、B判定だったの。頑張ってきたのに、もう辛くて……」
ぽろぽろと涙をこぼすさくら。
B判定は決して悪くない。だけど、さくらにとっては、それが重荷になっていた。
「大丈夫だよ。さくらはちゃんと頑張ってる。
次は絶対、A判定に戻るよ。俺にできること、何でも言って」
震える声で、さくらは返す。
「……分かった、ありがとう。勉強、続けるね。帰り、一緒に帰りたい……」
「もちろん。終わったら声かけて。一緒に帰ろう」
こくんと頷いて、さくらは静かに席へ戻っていった。
隆司も勉強を始めたが、さくらのことが気になって、どうしても集中できなかった。
そして午後八時半、さくらが彼のブースにやってきた。
「隆司くん……帰ろ」
本当に参っている様子だった。
真面目な性格だからこそ、思うようにいかない結果は堪えるのだろう。
帰り道は、ほとんど言葉を交わさなかった。
最寄り駅から歩いて10分、さくらの家の前で足が止まる。
隆司は思い切って、さくらをぎゅっと抱きしめた。
耳元で、静かにささやく。
「俺のさくらは絶対大丈夫。今度は、きっとA判定とれる。
大丈夫だよ……俺がついてるから」
そう言って、そっと腕を離した。
さくらは力のない笑顔で「ありがとう」と一言だけ言って、
小さく手を振り、玄関の扉の向こうに消えていった。
心配だった。だけど、隆司もまた受験生。
だからこそ──
(俺も、頑張ろう。努力してる姿を見せて、さくらに元気を届けよう)
そう心に決めて、隆司はマンションへと帰っていった。
春の新緑が、ふたりの背中をそっと押してくれることを願いながら──。




