第16章 「新しい季節」
【さくらside】
年が明け、共通テストが目前に迫っていた。
さくらは本格的な受験勉強のため、大手のS大予備校に通うことに決めた。
共通テスト後には同様の形式の模試が受けられることや、難関校向けの講義が魅力だった。
自分の目指す勉強がここにある、そう確信できたからだ。
さっそく隆司にLINEで報告する。
「S大予備校に通うことにしたよ。隆司くんは、塾行ってる?」
すぐに”ピロリン”と通知音が鳴る。
「偶然!俺もS大予備校だよ。ほぼ毎日会えるかも。やったぜ!」
まさか一緒とは思わなかった。
でも、有名私立を狙っている隆司なら当然かもしれない。
画面越しでも、彼の嬉しさが伝わってくる。
「嬉しいな。クラスは別だろうけど、自習室で会えるかもね」
来週からの予備校生活が、少し楽しみに感じられてきた。
「お互い、頑張ろうな」
力強い言葉に、さくらも笑顔になる。
「うん。…そうだ、模試が終わったら初詣行かない?合格祈願したいなって思ってて」
もし断られても、家族と行くつもりだった。
でも、来年の今頃には、もう初詣どころではないかもしれない。
「いいね。俺も行こうと思ってた」
隆司くんも一緒なら、なおさら心強い。
「私、月曜から通い始めるの。隆司くんは?」
「俺も月曜から。こういう偶然って…運命かもな」
確かに運命かもしれない。でも、地方に予備校が少ない現実もある。
「じゃあ、月曜からよろしくね。初詣のことは、また今度話そう」
本格的な受験生としてのスタート。
緊張と期待が入り混じっていたけれど、短いやり取りの中にも嬉しさがにじんでいた。
「うん。またな」
素っ気ないようでいて、隆司もきっと勉強に集中しているのだろう。
真剣に向き合う姿が、自然と浮かんできた。
──そして、予備校初日。
さくらは苦手な社会科目を真剣に受講し、その後は模試に向けての勉強に打ち込む。
終わるのは毎晩21時前後。
帰ってから夕食をとり、少しだけ復習する。
人生で初めての本気の挑戦——これから1年と2か月。気合いが入る。
帰り際、半個室の自習ブースをキョロキョロと見渡す。
(あ、いた! ちょっとだけ声かけてみよう)
「隆司くん、お疲れさま。今日は英語の勉強?」
テキストをのぞき込みながら、小声でたずねる。
「おう、さくら。うん、英語。もう帰るところ?」
いつもの隆司くんだけど、どこか凛とした空気をまとっていた。
「うん。帰って、少しだけ勉強して寝るつもり」
「そっか。俺はもう少し頑張るわ。会えてよかった」
隆司の努力が伝わってくる。私も、負けていられない。
その時、不意に隆司が手を握ってきた。
いつもの優しい笑みを浮かべながら。
「模試が終わったら、初詣行って、合格祈願しような」
「うん。楽しみにしてる。模試、頑張ろうね。またね」
さくらも、ぎゅっと手を握り返して微笑んだ。
予備校を出ると、1月の冷たい空気に思わず肩をすくめた。
白い息が空へと消えていく。
でも、隆司の勉強する姿を見て、さくらの中で覚悟がしっかりと芽生えていた。
【隆司side】
共通テスト形式の模試を受けた。
自己採点は「まずまず」で、志望校の判定はB。
周りも必死に勉強している今、A判定を取るのは簡単じゃない。
それでも、数学をさくらに教えてもらい、苦手分野の底上げができていた。
「模試の結果、どうだった?」
さくらにLINEを送る。初詣の約束もしたいと思っていた。
「まずまずかな。ギリギリA判定ってとこ。本番は足切りもあるから油断できないけど、順調だよ」
さくらはA判定か。
(さすが、俺の彼女!)と惚気るのは、いつもの隆司。
(でも、負けてらんねー)
元運動部の血が騒ぐ。勝負ごとには熱くなる性分だ。
「今度の週末、初詣行かない? 前に話してた合格祈願」
”ぴろりん”
「いいよ。土曜日はどう?」
すぐに返ってきた返事が、素直に嬉しかった。
「了解! 土曜の11時、駅前集合な」
ランチも一緒に食べたくて、少し早めの待ち合わせにした。
「うん、楽しみにしてるね」
久々のデート。恋人らしい時間が持てるのが嬉しい。
「俺も。またな」
隆司は神社周辺のランチ店をリサーチする。
(前はイタリアンだったけど、今回はこのハンバーグ店かな。評判もいいし)
候補をいくつかマップにマークした。
(俺も、A判定目指して頑張るぞ)
隆司は、気持ちを新たに机へ向かった。
土曜日。待ち合わせの駅前に、さくらが時間ぴったりで現れた。
(久しぶりのデート。嬉しいけど、やっぱり受験のことが頭から離れない)
それでも、さくらの笑顔を見ると気持ちが和らいだ。
「待たせてごめん。…あっ、マフラー!プレゼントしたやつ!」
声が弾んでいるのがわかる。
「そうそう。色も落ち着いてて、めっちゃ暖かいんだ」
さくらの手袋の隙間から、あの日贈ったブレスレットがのぞいている。
(よっしゃ…気に入ってくれてる)
勉強のことばかり考えていたのに、嬉しさで胸がいっぱいになる。
(俺って単純だな)と、心の中でセルフツッコミ。
「ってか、さくら時間ぴったりじゃん。全然大丈夫。
じゃあ、電車乗りますか」
隆司が手を差し出すと、さくらがそっとその手を握る。
手袋越しでも、温もりは確かに伝わってきた。
改札へと向かう二人の背中は、受験生としての決意を秘めた
凛とした空気をまとっていた。




