96話 俺×再来=まだ終わっていません。
朝、まだ空気に少しだけ湿り気が残る時間帯。
真守は教室へ向かうことなく、そのまま生徒会室へと足を運んでいた。
昨日の手紙。
あの一文が、頭から離れない。
「……」
ドアの前で一瞬だけ立ち止まり、深く息を吐く。そして、そのまま扉を開けた。
生徒会室の中は、いつも通り静かだった。
だが、その静けさが、今日は妙に重く感じる。
「……楽々浦くん?」
すぐに気づいた葵が、顔を上げる。
「おはようございます」
「おはよう……って、どうしたの?」
その表情はすぐに変わった。
異変に気づいている。
真守は言葉を選ばず、ポケットから紙を取り出した。
「これ」
短く言って、差し出す。
葵は受け取ると、すぐに目を通す。
「……」
その表情が、わずかに固まる。
「……これ」
「昨日、家のポストに入ってました」
静かに告げる。
葵はもう一度紙を見る。
そこに書かれているのは——
『まだ終わっていない
楽々浦真守は許さない』
「……」
空気が、さらに冷える。
葵の指先が、わずかに震えた。
「……また、なの?」
「……はい」
短く頷く。
葵はゆっくりと紙を折りたたむ。
そのまま視線を落としたまま、小さく呟く。
「……終わってなかったんだ」
前回の件。
あの時、自分も標的になった記憶が蘇る。
「……」
その沈黙の中で、真守は周囲を確認する。
結城はいない。他のメンバーも、まだ来ていない時間帯だった。
「……葵先輩」
「……うん」
「これ、結城には見せない方がいいと思います」
少しだけ声を落とす。
「余計に混乱するかもしれないし……」
「……そうだね」
葵もすぐに理解する。
「今は、まだ巻き込みたくない」
その言葉には、はっきりとした意志があった。
「……」
少しの間。
二人で視線を交わす。
「……どうする?」
「……前と同じで」
真守は迷わず答えた。
「アリス先輩に」
葵も、小さく頷く。
しばらくして、二人は生徒会室の一角にある別室へと足を運んでいた。
扉をノックする。
「……は、はい……」
中から、少しおどおどした声。
ドアを開けると、そこにはアリスがいた。
書類を抱えたまま、少しだけ驚いたようにこちらを見る。
「ど、どうしたの……?」
視線が泳いでいる。
真守は無言で紙を差し出した。
アリスは恐る恐るそれを受け取る。
「……」
目を通す。
その動きが、ぴたりと止まる。
「……っ」
わずかに息を呑む。
「こ、これ……」
さっきまでの弱い声。
だが——
次の瞬間、すっと表情が変わる。
「……同一犯だね」
声が、落ち着いたものに変わっていた。
「文面の癖、構成、意図……全部一致してる」
紙を机に置く。その動きに迷いはない。
「間違いない」
「……」
葵が息を飲む。
「……やっぱり」
「うん」
アリスは椅子に座り直す。
さっきまでとは別人のように、冷静だった。
「終わってなかった、というよりは——」
少しだけ間を置く。
「一時的に止まっていただけ」
「……」
空気が張り詰める。
「じゃあ」
アリスが視線を上げる。
「今回の標的、考えようか」
完全に“スイッチ”が入っていた。
「……」
真守と葵は自然と視線を合わせる。
「……前回」
真守が口を開く。
「関係者はほぼ全員、何かしら巻き込まれてました」
「うん」
「でも——」
一瞬考える。
「……真希那だけ、直接的には何もなかった」
「……」
葵の表情が変わる。
「……じゃあ」
「可能性は高いです」
真守ははっきりと言う。
「家も知られてますし……昨日、ポストに入ってた時点で」
「……」
葵は唇を噛む。
「……守らないと」
「……はい」
アリスは軽く頷く。
「いい予測だと思う。今回は防御優先で動くべきだね」
淡々と続ける。
「接触を避ける。監視を強める。異常があれば即対応」
「……」
「無理に動くと、逆に相手に気づかれる」
「……はい」
二人は同時に頷いた。
「……今日はここまでにしよう」
その一言で、話は締まった。
放課後、校門を出る。
「……葵先輩」
真守が歩きながら言う。
「今日は一緒に帰りましょう」
「……え?」
少し驚いた顔。
「……でも」
「念のためです」
はっきりと言い切る。
「何かあってからじゃ遅いんで」
「……」
葵は一瞬迷ってから、
「……うん」
と頷いた。
「ありがとう」
「あと」
真守は続ける。
「奏先輩にも、この件伝えてください」
「……うん」
「一緒に行動するようにって」
「……わかった」
並んで歩く。
いつもより少し近い距離。
帰宅して玄関の前で足を止め、インターホンを押す。
「……はーい」
少し元気のない声。
ドアが開く。
「……あ、真守」
赤坂だった。
笑顔はある。けれど、どこか疲れているようにも見える。
「……どうしたの?」
「少し、お話があって。今、時間大丈夫ですか?」
「うん、いいよ」
少し首を傾げる。
真守はその場で、手紙のことを説明した。
そして、アリスの判断。真希那が標的の可能性も伝える。
「……」
赤坂の表情が、ゆっくりと引き締まる。さっきまでの柔らかさが消えた。
「……そっか」
小さく呟く。
「また、なんだね」
「……はい」
「……」
一瞬だけ目を伏せる。
そして、すぐに顔を上げた。
「わかった」
はっきりとした声。
「私も協力するよ」
「……ありがとうございます」
真守は頭を下げる。
「今回も、ちゃんと守るから」
その言葉には、強い意志があった。
「……お願いします」
「任せて」
赤坂は、いつものように微笑んだ。けれど、その笑顔はどこか鋭さを帯びていた。
自室に戻りドアを開けると、
「おそーい」
と真希那の声。
「……ちょっとな」
「なにしてたの?」
「話がある」
真守の声が少し低くなる。
その空気に、真希那もすぐ気づく。
「……なに」
「……」
少しだけ言葉を選んで、
「しばらく、警戒してくれ」
と告げた。
「……は?」
「外、なるべく一人で出るな」
「……」
真希那の表情が変わる。
冗談じゃないと理解した顔。
「……今回は私なのね」
「……うん」
その一言で十分だった。
「……」
部屋の空気が一気に張り詰める。
さっきまでの穏やかな空気は消えていた。
また——始まる。
その予感だけが、静かに広がっていった。




