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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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92話 俺×均衡=壊れ始めてます。

翌日の生徒会室の空気は、いつもとほんの少しだけ違っていた。


静かであることに変わりはない。書類をめくる音やペンの走る音も、普段と同じだ。


それでも、どこか“待っている”ような空気があった。


「……」


真守が席に着いたタイミングで、扉がノックされる。


コン、コン。


「失礼しまーす」


軽い声。


その瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。


扉が開く。


そこに立っていたのは——


「今日からお世話になりまーす。結城紫音でーす」


結城だった。


教室で見るときと同じようでいて、少しだけ違う。ここでは“新入り”としての顔をしている。


視線が一斉に集まる。

山影は腕を組んだまま無言で見つめ、坂下は軽く会釈だけを返す。


そして。


「……」


黒ヶ峰だけが、わずかに視線を細めた。

露骨ではない。ただ、明確に“値踏み”している目だった。


「よろしくお願いします」


結城はそんな視線も気にした様子なく、軽く頭を下げる。その仕草すら、どこか自然すぎて違和感が残る。


「では、早速だが」


会長が立ち上がる。


「夢百合君、楽々浦君」


「はい」


「副会長の業務を教えてあげてくれ」


「かしこまりました」


葵が頷く。


「結城さん、こっち来て」


「はーい」


軽い返事。


そのまま三人で、生徒会室の奥にある副会長スペースへ移動する。


席に着こうとした、そのときだった。


「——ああ、そうだ」


背後から、会長の声。


振り返る。


会長は、結城を見ながら言った。


「結城君」


「はい?」


「楽々浦君は、どうやら君が苦手なようだから」


「……」


空気が止まる。


「必要以上に絡まないようにしてくれると助かる」


一切の悪気もないような口調だった。


けれど。


「……」


その場の温度が、一気に下がる。


言わなくていいことを、あまりにもそのまま言った。


葵の表情が一瞬固まる。

真守も、言葉を失う。


そして。


「……あ、そっか」


結城は、あっさりと頷いた。


「了解です」


あまりにも軽い。


「仕事のこと以外は話しかけないようにしますね」


にこっと笑う。その笑顔が、逆に場違いだった。


「助かるよ」


会長は満足そうに微笑み、そのまま視線を外した。まるで何事もなかったかのように。


「……」


誰も何も言えないまま、その場は流れていく。


そして、仕事は、すぐに始まった。

結城は——本当に、言われた通りだった。

書類の確認、入力作業、簡単な処理。

与えられた仕事は、正確にこなす。


だが。


それ以外では、まったく関わってこない。真守に対しても、視線すらほとんど向けない。


「……」


逆に不自然だった。


散々、あれだけ距離を詰めてきていたのに。


(……会長の一言でここまで変わるか?)


そう思う。


けれど、それ以上に。


(……あの圧か)


納得してしまう部分もあった。


会長のあの言い方。あの空気。

従わないという選択肢を消す、あの圧。


「……」


葵は、二人の間に立つような位置で動いていた。


明らかに意識している。結城が近づきすぎないように。真守に無理がかからないように。


“監視”に近い距離感だった。




そこから、約一週間。


時間はあっさりと過ぎていった。


真守は、少しずつ教室にも顔を出すようになり、生徒会にも変わらず参加していた。


結城との会話も、最低限ではあるが成立するようになっていた。


仕事に関するやり取りだけ。それ以上でも、それ以下でもない距離。


「……」


その中で。


ふと、違和感に気づく。


(……あいつ)


結城の服装。


まだ残暑が残るこの時期。


周りは夏服の半袖のシャツ。軽い装い。


それなのに。

結城だけが、長袖のワイシャツを着ていた。しかも、きっちりと袖まで下ろしている。


(……暑くないのか?)


一瞬そう思う。


けれど、それ以上深く考えることはなかった。ただ、ほんの少しだけ頭の隅に引っかかったまま。


そのまま、仕事に戻る。


「……ねえ」


空気が変わったのは、ほんの些細なことからだった。


葵の声。

いつもより、少しだけ低い。


「これ、さっきも言ったよね?」


「……」


結城が無言で画面を見る。


「同じミス、三回目なんだけど」


「……」


「ちゃんと確認してから出してって言ってるよね?」


その言い方は、完全に“先輩”としてのものだった。


「……やってるし」


結城が返す。


タメ口。明らかに、舐めた態度。


「やってないから言ってるんだけど」


葵の声がさらに低くなる。


「これ、生徒会の仕事だから」


「……別にそんな大したことじゃなくない?」


「——は?」


空気が、一気に張り詰める。


「今、なんて言った?」


「だから」


結城は顔を上げる。


「そんな大した仕事じゃなくないって」


完全に挑発だった。


「……」


葵の中で、何かが切れたのがわかった。


次の瞬間。


「ちょっと来て」


結城の手首を掴む。


「痛っ!」


結城が声を上げる。


その瞬間。真守の視線が、手首に向く。


「……」


袖が少しだけずれる。


そこに見えたのは——包帯。


(……だから長袖か)


一瞬で繋がる。


その間にも。


「ちゃんとやる気あるの?」


葵の声は、明らかに怒っていた。


「先輩として言ってるんだけど」


「痛いって言ってんじゃん!」


結城が強く言い返す。


空気が完全に崩れる。


「ちょっと待ってください——」


真守が間に入ろうとした、その瞬間。


ガチャ。


扉が開く音。


「——何をしているのかな」


会長だった。


一瞬で、空気が凍る。


会長は真っ直ぐ、葵の方へ歩いていく。


そして——


「夢百合君」


そのまま、髪を掴んだ。

ぐっと、強く引く。


「っ……!」


葵の体がわずかに揺れる。


「生徒会を乱す行為は、やめてもらおうか」


声は静かだった。

けれど、圧が異常だった。


「……すみません」


葵はすぐに手を離す。

結城の手首から、力が抜ける。


それでも。

会長の手は、離れない。髪を掴んだまま。


「……」


その光景を見て。


「——離してください」


真守が動いた。


会長の手首を掴む。


強く。


そのまま睨みつける。今までにないほど、はっきりと。


「それ以上は」


低い声。


「さすがに、見過ごせません」


「……」


空気が、止まる。


生徒会室の全員が動けない。


会長と真守だけが、対峙している。


数秒。


ほんの短い時間。


それでも、異様に長く感じた。


やがて。


「……ふむ」


会長は、小さく笑った。


そして手を離し、葵の髪から力が抜ける。


「楽々浦君にそう言われてしまっては、仕方ないね」


余裕のある笑み。


まるで、最初からこうなることを楽しんでいたかのように。


「今回は、この辺にしておこう」


それだけ言って、会長はその場を去った。


扉が閉まる。


「……」


静寂。


誰も動かない。


「……葵先輩」


真守が、すぐに葵を見る。


「大丈夫ですか」


「……うん」


少しだけ顔を伏せる。


「大丈夫」


声は震えていなかった。

けれど、手はわずかに力が入っていた。


「ほんとに?」


「……うん」


短く答える。


「ごめん、取り乱しちゃった」


「謝らないでください」


すぐに返す。


「……」


そのやり取りの横で。


「……」


結城が、立っていた。


静かに。


そして。


ぽつり、と。


涙が落ちた。


音もなく。


ただ、静かに。


「……」


その姿を、無視はできなかった。

真守は、少しだけ視線を向ける。


「……なんで、泣いて——」


聞こうとする。その前に。


「……うちさ」


結城が口を開いた。

声は、いつもよりずっと小さい。


「まも君に、話さないといけないことある」


「……」


真守の心臓が、わずかに強く鳴る。


「放課後」


顔を上げる。涙を拭かずに。


「屋上、来て」


真っ直ぐだった。逃げ場のない目。


「……」


一瞬、言葉に詰まる。


そのとき。


「私も行く」


葵が言った。


結城を見る。


「私がいてもいいなら」


間を置かずに続ける。


「条件として、それは譲れない」


「……」


結城は、ほんの一瞬だけ黙ってから。


「……いいよ」


小さく頷いた。


そのまま、視線が真守に向く。


夕方の光が、わずかに差し込む。

「ちゃんと、話すから」

その言葉だけが、やけに重く残った。

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