表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
PR
92/224

91話 俺×対峙=逃げません。

朝の教室に向かう足が、自然と止まった。


昇降口を抜けて、廊下を進み、いつもならそのまま教室へ入るはずの流れ。その途中で、ほんのわずかに足が鈍る。


扉の向こうに、誰がいるのかを考えてしまうからだ。


「……」


小さく息を吐く。


考えなくてもいいことだとわかっている。それでも、昨日の出来事が頭から離れない以上、完全に無視することはできなかった。


結城の言葉。


あの瞬間の息苦しさ。


身体が言うことを聞かなくなる、あの感覚。


「……」


一瞬だけ目を閉じる。


それから、ゆっくりと向きを変えた。

教室とは逆方向へ。向かう先は、もう決まっていた。


生徒会室。


ノックをして扉を開ける。


「失礼します」


中に入ると、昨日と同じように静かな空気が広がっていた。


ただ、その中で。


「……楽々浦くん」


すぐに声がかかる。


葵だった。


席から立ち上がり、そのままこちらへ歩み寄ってくる。


「大丈夫?」


開口一番、それだった。


「……はい」


短く返す。


けれど、それで納得する様子はなかった。


「ほんとに?」


少しだけ距離が近い。


昨日、保健室で見た表情が、そのまま残っているように感じる。


「無理してない?」


「……大丈夫です」


「その言い方、全然大丈夫じゃないよ」


苦笑しながらも、視線は真剣だった。


「……すみません」


「だから謝らなくていいって」


すぐに返される。


「昨日のこと、覚えてる?」


「……はい」


忘れられるはずがなかった。


「あのあと、結城さんは帰ってもらったから」


葵が続ける。


「今日は私から……会長にちゃんと話す」


「……」


「接触、できるだけ避けてもらうようにする」


その言葉には迷いがなかった。


「昨日のあれ見たら、そのままにしておけないから」


「……でも」


言いかけた、その瞬間。


「——おや」


扉の開く音とともに、声が重なる。


「ちょうどいいところに揃っているね」


会長だった。


いつも通りの穏やかな笑顔。


まるでタイミングを見計らっていたかのように現れる。


「おはようございます」


葵が先に頭を下げる。


真守もそれに倣う。


「おはよう、二人とも」


軽く笑ってから、すぐに本題に入る。


「さて、結城君の件だけれど」


「……」


空気が変わる。


葵が一歩前に出た。


「その件で、少しお願いがあります」


「ほう?」


会長は、興味深そうに首を傾ける。


「結城さんと楽々浦くんの接触を、しばらく避けていただきたいです」


はっきりと言い切る。


「昨日、楽々浦くんが体調を崩しました」


「……」


「原因は明らかに結城さんとの接触です」


言葉を選ばず、真っ直ぐに。


「これ以上、同じことが起きる可能性がある以上、距離を置くべきだと思います」


正論だった。


「なるほど」


会長は一度頷く。


「君の言いたいことは理解できる」


そう言いながら。


ほんのわずかに、表情が歪む。


「だが、それは難しいね」


「……え?」


葵の眉が寄る。


「結城君には副会長の業務を覚えてもらう予定だ」


淡々と告げる。


「その場合、当然、夢百合君や楽々浦君と同じ空間で動くことになる」


「それは……」


葵が食い下がる。


「役割を分ければ済む話です」


「そうかな?」


声の温度が、わずかに下がる。


「効率を落としてまで配慮する理由はあるのかな」


「それは——」


「それに」


ここで、明確に空気が変わった。


「夢百合君」


名前を呼ぶ。

その声音には、先ほどまでの柔らかさはない。


「僕は君の意見を聞いているわけじゃない」


「……っ」


空気が、一気に張り詰める。


「判断するのは楽々浦君だ」


静かなのに、圧がある。明確な線引きだった。


「……」


葵が、わずかに唇を噛む。


その姿を見ていられなくて。


「——やります」


真守が口を開いた。


二人の視線が同時に向く。


「副会長の件も」


ゆっくりと言葉を重ねる。


「結城とも、ちゃんと向き合います」


「……楽々浦くん」


葵が小さく呼ぶ。


「大丈夫です」


言い切る。


「いきなりは無理でも、少しずつ慣れていけばいいだけなんで」


本音だった。


怖さはある。


けれど、それを理由に止まり続けるわけにもいかない。


「……」


会長はその様子を見て——


「いい判断だ」


満足そうに微笑んだ。


「それでこそだよ、楽々浦君」


その声は、さっきまでとは打って変わって穏やかだった。


「では、この件はそれで進めよう」


それだけ言って、会長はその場を後にする。

扉が閉まり、静寂が戻る。


「……」


しばらく誰も何も言わない。


やがて。


「……ごめん」


葵が小さく呟く。


「私がちゃんと押し通せなかったから」


その声には悔しさが滲んでいた。


「楽々浦くんに、あんなこと言わせて」


「……」


真守はゆっくりと首を振る。


「違います」


「え?」


「俺が決めたことなんで」


「でも——」


「それに」


少しだけ笑う。


「葵先輩には、もう十分助けてもらってます」


「……」


葵の目が揺れる。


「昨日も、その前からも」


「……」


「だから、謝らないでください」


はっきりと言う。


「これ以上助けてもらったら、逆に申し訳なくなるんで」


少しだけ冗談めかす。


「……」


葵はしばらく黙っていた。


それから、ゆっくりと息を吐く。


「……ほんとに」


小さく笑う。


「そういうとこ」


視線を上げる。


「どんどん好きになる」


「……は?」


思わず間の抜けた声が出る。


葵はそのまま、


「冗談じゃないよ」


と、さらっと言った。


「え、いや……」


思考が追いつかない。


「……その反応、予想通り」


少しだけ楽しそうに言う。


「……」


何も返せない。


さっきまでの重い空気との落差が大きすぎた。


葵はそんな様子を見て、くすっと笑ってから席へ戻る。


「ほら、仕事しよ」


「……はい」


反射的に返す。


けれど、ペンを持ってもしばらく文字は書けなかった。


胸の奥に残っているのは、不安でも恐怖でもなく——まったく別の、整理できない感情だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ