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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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89話 俺×逃げ場=ありません。

放課後。


教室のざわめきは、時間が経つにつれて少しずつ形を変えていく。昼休みのような騒がしさではなく、どこか浮ついた、気の抜けた音に変わっていく。


椅子を引く音、笑い声、部活の話。


その中に、あの視線が混ざっていないことだけが、はっきりとわかる。


「……」


真守は、席を立つタイミングを少しだけ遅らせた。


誰かと目が合わないように。余計な会話に巻き込まれないように。


鞄を持ち、静かに教室を出る。


廊下に出た瞬間、肺の奥に溜まっていたものを吐き出すように、ゆっくりと息を吐いた。


「……はぁ」


軽くなった。


理由は単純だった。

結城がいない。それだけで、ここまで違うのかと、自分でも少し呆れる。


足は迷うことなく、生徒会室へ向かっていた。


逃げている。そう思いながらも、足は止まらない。あの空間から離れたい。その一心だった。


階段を上がり、見慣れた扉の前に立つ。

ノックをして、開ける。


「失礼します」


中に入った瞬間、空気が変わった。


静かだった。


ただ静かなだけじゃない。全員が同じ方向を見ているような、張り詰めた集中の中の静けさ。


紙をめくる音。ペンの先が走る音。キーボードを叩く規則的な音。


誰も余計な言葉を発しない。


その空気の中で。


「……楽々浦くん」


葵の声だけが、ほんの少しだけ温度を持っていた。


「おかえり」


「……はい」


短く返す。


それだけなのに、不思議と肩の力が抜ける。


ここには、余計な視線がない。感情がぶつかることもない。ただ、やるべきことだけがある場所。


椅子に座ると、すでに自分の分の書類が綺麗に揃えられていた。


「……これ」


「先に進めておいた」


葵が言う。


「少しでも楽になるかなって思って」


「……」


一瞬、言葉が出てこなかった。


「……すみません」


自然と口に出る。


「だから、謝らなくていいって」


すぐに返される。


「それに——」


少しだけ間を置いて、


「楽々浦くん、最近ずっと無理してるでしょ」


「……」


視線が止まる。


「顔見ればわかるよ」


柔らかい声だった。


責めるでもなく、ただ事実を置くような言い方。


「……大丈夫です」


反射的に返す。


「大丈夫じゃない人の言い方だよ、それ」


少しだけ苦笑する。


その言葉に、何も返せなかった。


「……」


視線を逸らし、書類に目を落とす。


そのときだった。


「——楽々浦君」


背後から声。


会長だった。


いつもの穏やかな笑顔。けれど、その笑顔の奥にあるものは、相変わらず読み取れない。


「学校生活は順調かい?」


「……はい」


短く答える。


「それは何よりだ」


軽く頷く。


それだけのやり取りなのに、空気がわずかに張り詰める。


「それで」


自然な流れで続けられる。


「スカウトの件はどうかな」


「……」


一瞬、思考が止まる。


「進展はあったかな?」


逃げ場のない問い。


「……まだです」


絞り出すように答える。


「なるほど」


会長はあっさりと頷いた。


「まあ、そう簡単な話ではないだろうね」


理解を示す言葉。けれど、それは許しではない。


「ただ」


ほんのわずかに間を置く。


「彼女は優秀だ」


また、その話。


「黒ヶ峰君を上回る成績」


黒ヶ峰が一瞬だけ反応する。


「この学校では珍しい人材だ」


淡々と続ける。


「だからこそ、こちらとしても動きを止めるわけにはいかない」


「……」


言葉が出ない。


「焦らせるつもりはないが」


そう言いながら、逃がさない。


「時間も無限ではないからね」


静かに、圧をかけてくる。


「……」


何も言えないまま、沈黙が落ちる。

その中で、会長はほんの少しだけ近づき、


「それにしても」


軽く、何気ない調子で言った。


「彼女、君のことをよく知っているみたいだね」


「……っ」


呼吸が、止まる。

一瞬だった。それでも、はっきりとわかる。


「……どういう意味ですか」


なんとか言葉にする。


「さて」


会長は微笑む。


「それは君が一番知りたいことじゃないかな」


答えは与えない。ただ、揺らすだけ。


「……」


そのまま会長は離れていく。


何も言えないまま、立ち尽くす。

静寂が戻る。

何もなかったかのように、全員が作業に戻っている。


けれど。


「……楽々浦くん」


葵の声。


さっきよりも、少しだけ近い。


「ほんとに大丈夫?」


「……」


顔を上げる。


葵は、はっきりとこちらを見ていた。


仕事中の顔じゃない。完全に“個人として”の表情。


「さっきから、ずっと顔色悪いよ」


「……平気です」


「平気な顔してない」


間髪入れずに返される。


「ねえ」


さらに一歩、距離が近づく。


「無理してない?」


「……」


言葉が詰まる。


「スカウトのことも」


静かに続ける。


「嫌なら、ちゃんと言っていいんだよ」


「……」


心臓が、少しだけ強く鳴る。


「私がフォローするし、会長にも、私から話す。だから——」


そこで少しだけ言葉を選ぶように間を置いて、


「一人で抱え込まなくていい」


「……」


その言葉が、思ったよりも重く落ちた。

優しさだった。逃げ場でもあった。


でも——


「……大丈夫です」


口から出たのは、同じ言葉だった。


「やります」


少しだけ強く言う。


「……」


葵の表情が、ほんの少しだけ揺れる。


「……そっか」


それ以上は、踏み込まなかった。


「無理だけはしないでね」


それだけ言って、距離を戻す。


「……」


その背中を見ながら、何も言えなかった。


作業に戻り、ペンを持つ。そして、書類を見る。けれど、頭の中はまったく動いていなかった。


——よく知っているみたいだね


その言葉だけが、何度も反響する。


逃げたはずだった。

教室から、あの視線から、結城から。


それなのに。


ここでも、追いつかれている。


「……」


気づいてしまう。


もうどこにも、逃げ場はない。


その事実だけが、ゆっくりと、確実に心の奥に沈んでいった。

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