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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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88話 俺×ランチタイム=ズレてます。

昼休みの少し前。


黒板に書かれている文字は目に入っているのに、その意味がうまく頭に入ってこなかった。教師の声も確かに聞こえているはずなのに、どこか遠くで響いているような感覚がある。


ノートを取る手だけが機械的に動いていて、自分が何を書いているのかも曖昧だった。


「……」


小さく息を吐く。


考えないようにしているのに、どうしても頭の片隅に残るものがある。


結城のことだった。


はっきりした理由はないのに、無視できない何かがずっと引っかかっている。


ふと横を見ると、結城はごく普通に授業を受けていた。前を向いて、ノートを取り、必要なところで軽く頷く。


それは、あまりにも“普通”で。


だからこそ、余計にわからなくなる。

何がおかしいのか。何が引っかかっているのか。自分でも言葉にできないまま、ただその違和感だけが残り続けていた。


やがて、チャイムが鳴る。


キーンコーンカーンコーン。


その音をきっかけに、教室の空気が一気に崩れた。


「終わったー!」

「腹減った!」

「食堂行こうぜー!」


椅子を引く音や笑い声が重なり、さっきまでの静けさが嘘みたいに消えていく。


真守もペンを置き、軽く肩を回した。


その瞬間、背後から声が飛んでくる。


「おい楽々浦!」


振り返るまでもなく、神宮丸だった。


「今日こそ飯行くぞ!逃げんなよ!」


「逃げる前提で話すな」


「だって最近すぐ消えるじゃん」


「お前がうるさいからだろ」


「ひでぇ!」


いつものやり取りだった。


それだけで、少しだけ肩の力が抜ける。


そんなやり取りの流れで席を立とうとしたとき、前の席の白ヶ崎が振り返った。


「……行くの?」


「ああ」


短く答えると、白ヶ崎は間を置かずに続ける。


「じゃあ私も行く」


「なんでだよ」


「ダメなの?」


「ダメじゃないけど」


「ならいいでしょ」


あっさり決まる。


そのやり取りを見ていた神宮丸が、面白そうに口を挟んだ。


「なんかもう固定メンツになってきてね?」


「うるさい」

「うるさい」


ほぼ同時だった。


「仲良すぎだろお前ら」


「よくない」

「よくない」


また揃う。


「なんなんだよ!」


そんな騒がしい空気の中に、ふと別の声が混ざった。


「ねぇ」


横から、自然に。


「うちも一緒にいい?」


「……」


真守の動きが、一瞬だけ止まる。


視線を向けると、結城がそこに立っていた。

いつもの距離。いつもの表情。


「だめ?」


少しだけ首を傾ける。


神宮丸は特に気にする様子もなく、「いいじゃん!」と軽く返した。


白ヶ崎は露骨に眉をひそめる。


「……別に」


明らかに不機嫌だった。


「じゃ、決まり」


結城はそのまま自然に輪の中に入ってくる。

断るタイミングは、もうなかった。


教室を出て、食堂へ向かう。


廊下は昼休みの生徒で混み合っていて、流れに乗るように歩くしかない。


「今日はカレーだな!いやでも唐揚げもありだな!」


神宮丸が先頭で騒ぎながら進んでいく。


「楽々浦は何にするんだ?」


「まだ決めてねぇよ」


「白ヶ崎さんは?」


「……気分」


「参考にならねぇ!」


そんなやり取りの中で、不意に横から声が差し込む。


「まも君ってさ」


「……」


「給食より購買派っぽいよね」


「は?」


神宮丸が先に反応した。


「なんだそれ」


「なんとなく」


結城は肩をすくめる。


「自分で決めて、自分で買って、さっさと食べる感じ」


その言い方に、わずかな違和感が残る。


今の話をしているようで、どこか違う。


「楽々浦ってそうなのか?」


神宮丸に聞かれ、真守は少しだけ言葉を濁した。


「……別に」


「でもなんかわかるわ」


神宮丸は勝手に納得して笑う。


「こいつ団体行動向いてなさそうだし」


「お前にだけは言われたくない」


その横で、白ヶ崎は何も言わなかった。ただ、わずかに視線が鋭くなっている。


食堂に着いて席を確保し、各自で食事を取りに行く。


戻ってきてからの流れは、いつもと変わらなかった。


神宮丸が話題を振り、白ヶ崎が最低限で返し、真守が適当にツッコミを入れる。


結城も、その輪へ自然に混ざっていた。

違和感なんてない、はずだった。


「まも君ってさ」


また、結城が口を開く。


「辛いの苦手そうだよね」


「なんでそうなる」


「顔に出そうだから」


「出さないよ」


「出るよ」


あっさり言い切る。


その言葉の軽さとは裏腹に、ほんの少しだけ引っかかる。


「ちっちゃい頃とか、すぐわかるタイプだったでしょ」


「……」


その一言で、箸が止まる。


ほんの一瞬だった。


「いや、楽々浦って今でもわかりやすいだろ」


神宮丸が笑って続ける。


「……確かに」


白ヶ崎も小さく同意する。


「お前たちまで言うのかよ」


軽く返しながらも、胸の奥の違和感は消えない。


結城はそのやり取りに合わせるように笑う。


けれど、その笑いはほんのわずかに遅れていた。気にしなければ気づかない程度のズレ。

それでも、一度気づいてしまうと、妙に気になってしまう。


そのとき、不意に声がかかった。


「……あ」


振り返ると、赤坂が立っていた。


いつも通りの明るい表情でこちらを見て——その動きが一瞬だけ止まる。


視線の先は、結城。


「……」


ほんの一拍。


それだけで、赤坂はすぐに笑顔を作り直した。


「なにそのメンツ〜!」


軽い調子で近づいてくる。


けれど、その足取りはほんの少しだけ慎重だった。


「一緒に食べます?」


真守が声をかける。


「んー……今日はやめとこっかな」


笑いながら、さらっと断る。


「なんでですか」


神宮丸がすぐに食いつく。


「なんとなく」


それだけだった。


結城の方を見ることはない。

距離を保ったまま、軽く手を振る。


「また今度ね」


そのまま別の席へ向かっていく。

その背中を見ながら、真守は確信していた。


赤坂は——結城を避けている。


「ふーん」


横で、結城が小さく呟く。


「先輩も一緒にいたらいいのに」


その声は軽いのに、どこか温度が違う。


「……」


何も言えなかった。


やがて、チャイムが鳴る。


昼休みの終わりを告げる音に、それぞれが席を立ち始める。


真守もトレイを持って立ち上がった。


そのときだった。


「……ねぇ」


すぐ後ろから、小さな声。


振り返ると、結城が立っていた。


さっきまでと同じような表情なのに、ほんの少しだけ違って見える。


「やっぱり」


「……?」


「まだ、思い出してないんだ」


「……何を」


思わず聞き返す。

けれど結城は、一瞬だけ間を置いてから、


「なんでもない」


また、いつもの笑顔に戻る。


「ほら、戻ろ」


それだけ言って、先に歩き出す。


その背中を見ながら、真守はその場に立ち尽くしていた。


周りのざわめきは、いつも通りだった。

何も変わっていないはずなのに。

胸の奥だけが、静かにざわつき続けていた。

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