87話 俺×夜の散歩=会えません。
夕焼けが完全に沈みきる頃には、会話はほとんどなくなっていた。
三人で並んで歩いていたはずなのに、どこか距離が噛み合っていない。
結城は相変わらず軽い調子で、葵は何かを気にするように言葉を選び、そして真守は——そのどちらにも踏み込めずにいた。
結局、そのまま自然に解散した。
「……」
帰り道を一人で歩く。
さっきまでの空気が、まだ少しだけ残っている。
結城の視線。
葵の言葉。
会長の存在。
全部が頭の中で引っかかって、うまくほどけない。
「……」
足を止める。
そのまま少しだけ空を見上げる。
すっかり暗くなっていた。
(……)
気づけば、また考えている。
同じことを、何度も。
「……」
小さく息を吐く。
そのまま、方向を変えた。
家とは逆。自然と、足が向いていた。
街はもう落ち着いていた。
店の明かりは点いているのに、人の気配はまばらで、音もどこか遠い。
昼とは違う、ゆるく間延びした時間が流れている。
自動販売機の前を通り過ぎる。
公園の柵が見えてくる。
「……」
立ち止まる。
(……いるかもな)
そんな考えが浮かぶ。
理由はない。
ただ、これまでの流れがそう思わせるだけだ。
「……」
少しだけ、中を覗く。
ベンチ。
街灯の下。
揺れる影。
でも。
「……いないか」
ぽつりと漏れる。
静かすぎるくらい静かだった。
「……」
中に入ってみる。
砂を踏む音だけが、やけに響く。
それでも。誰もいない。
「……」
わかっていた。
毎回会えるわけじゃない。
むしろ、これまでの方が不自然だっただけだ。
(……運が良かっただけか)
そう考えると、妙に納得してしまう。
「……」
それでも。
胸の奥に、少しだけ空いた感じが残る。
「……帰るか」
長居する理由もない。
真守はそのまま、公園を後にした。
帰り道は、さっきよりもゆっくりだった。
足取りが重いわけじゃない。
ただ、どこか落ち着かない。
「……」
考えるのをやめようとしても、結局戻ってくる。
結城のこと。
あの違和感。
そして——祇園。
「……」
会いたかったのかもしれない。
そう思ってから、少しだけ苦笑する。
理由なんて、よくわからないのに。
家の前に着く。鍵を開けようとした、そのとき。
「……?」
隣のドアが開く音。
「……あ」
顔を上げる。
そこにいたのは——
「……真守くん」
白ヶ崎だった。
部屋着のまま、少しだけ驚いたような顔をしている。
「……こんな時間に何してるの」
「散歩」
「……ふーん」
じっと見られる。
その視線が、やけに鋭い。
「……なに」
「……別に」
そう言いながらも、明らかに“別に”じゃない。
「……」
少しだけ沈黙が流れる。
そのあと。
「……あの子」
ぽつりと。
「……結城って子」
「……」
いきなり核心だった。
「……どういう関係?」
「関係ない」
即答する。
「……ほんとに?」
「ほんと」
「……」
白ヶ崎が一歩だけ近づく。
「最近、ずっと一緒じゃん」
「あっちがしつこいだけ」
「……」
その言い方に、少しだけ目が細くなる。
「……拒否してるの?」
「してる」
「……」
じっと見られる。
探るような目。
「……ちゃんと?」
「ちゃんと」
「……」
そこで、少しだけ力が抜ける。
「……そっか」
小さく呟く。
「……ならいい」
「なんだよそれ」
思わずツッコむ。
「いや、心配してただけ」
「……その顔で言うな」
「どんな顔よ」
「詰めてくる顔」
「してないし」
「してた」
少しだけ、空気が緩む。
「……」
白ヶ崎は視線を外して、小さく息を吐く。
「……最近、元気なかったじゃん」
「……」
「だから、その子のせいかなって思ってた」
「……まあ、多少は」
正直に言う。
「……」
白ヶ崎は少しだけ眉をひそめる。
「……教室でさ」
ぽつりと続ける。
「助けようとは思ってたんだけど」
「……」
「無理だった」
「なんでだよ」
即ツッコミ。
「いや、タイミングとか……空気とか……」
「空気読むタイプじゃないだろ」
「うるさい」
少しだけ頬を膨らませる。
「……」
その様子が、少しだけおかしくて。
「……はは」
思わず笑う。
「なに笑ってんの」
「いや、なんでも」
少しだけ、気が軽くなる。
さっきまでの重さが、少しだけ抜けていく。
「……」
そのとき。
ガチャ。
背後でドアが開く音。
「あら?」
聞き慣れた声。
「楽しそうじゃない、まーくん?」
「……げ」
振り返る。
そこには——にやにやした顔の真希那。
「ちょっとぉ〜、こんな時間に女の子と玄関先で何してるの?」
「違う」
「何が違うのかなぁ〜?」
ぐいっと距離を詰めてくる。
「やめろ」
その横で。
「……真希那さん」
白ヶ崎が少し呆れたように口を開く。
「こんばんは」
「咲音ちゃん、こんばんは〜」
にこっと笑う真希那。
さっきまでのニヤニヤ顔が、少しだけ柔らかくなる。
「ちょっとちょっと」
そのまま白ヶ崎を軽く覗き込むようにして、
「まーくんといい感じじゃない?」
「違います」
即答だった。
「え〜、でもさっき普通に楽しそうに話してたよね?」
「普通です」
「普通じゃないでしょ〜?」
「普通です」
「普通じゃないって〜」
「どっちなんだよ」
真守が割って入る。
「まーくんは黙ってて」
「なんでだよ」
「今女の子同士で話してるから」
「理不尽すぎるだろ」
「……」
白ヶ崎は小さくため息をつく。
「別に、そういうんじゃないです」
「ほんとに〜?」
じーっと見る。
「……ほんとです」
少しだけ目を逸らす。
その反応を見て、真希那がニヤッと笑う。
「ふーん」
意味深な間。
「まあでも、咲音ちゃんがいるなら安心かな〜」
「……は?」
真守が反応する。
「何が安心なんだよ」
「え?だって」
肩をすくめながら、
「変な女に絡まれてるより、咲音ちゃんの方が100倍いいし」
「……それはそうかもしれないけど」
「でしょ?」
得意げ。
「……」
白ヶ崎は少しだけ顔をしかめる。
「別に、好きとかそういうのじゃないですから」
「はいはい」
軽く流される。
「……」
一瞬の間。
そして。
「……帰ります」
白ヶ崎が小さく言う。
「またね、真守くん」
「ああ」
「咲音ちゃん、またね〜」
「……はい」
バタン。
ドアが閉まる。
「……」
静寂。
「……」
真守はゆっくり振り返る。
「……お前のせいで余計ややこしくなった気がするんだけど」
「え〜?」
真希那は楽しそうに笑う。
「むしろ進展したでしょ?」
「してねぇよ」
「してるしてる」
「してない」
「してるって」
「だから——」
やり取りが続く。
さっきまでの重さが、嘘みたいに消えていた。




