8話 俺×先輩女子生徒=運命の再会?をしました。
会議室に、不穏な空気が流れていた。
本来、運命の再会というのはもっとこう、心が躍るような、弾けるような、喜ばしいもののはずだ。
なのに——
今の真守の中にあるのは、不安しかない。
「会長、二学年が来たことですし、一旦、楽々浦くんの件は後に回した方がいいのではないでしょうか?」
真守と会長のやり取りを横で見ていて、さすがに苛立ったのか。黒ヶ峰が、無理やり話を進めるように口を挟んだ。
「あぁ、それもそうだな。それじゃあ、楽々浦君は明日、生徒会室に一人で来てくれないか?」
「ひ、一人っすか!?」
思わず裏返った声が出る。
密室で会長と二人きり。何をされるのかわかったものじゃない。
「あ〜……明日は何か用事があったような気がするので、無理かもしれません」
もちろん、無理に決まっている。会長と一対一なんて、精神がもたない。
「もう、あんたがいちいち口答えするから話が進まないんじゃない!」
突然、黒ヶ峰が机を叩いて立ち上がった。
「す、すみません……」
なんで俺が怒られてるんだ。
でも、ここで言い返せる空気ではない。
そんな真守の様子を見て、会長はすかさず畳みかけてくる。
「それじゃあ、明日は来てくれるってことだね?」
「……はい」
もう、そう答えるしかなかった。
黒ヶ峰が急に怒り出したことについて、周囲は特に驚いた様子もなかった。むしろ、あれが自然な流れであるかのような顔をしている。
つまり——
(全部、俺が悪いことになってるなこれ)
「……ゴホン」
三学年のクラス委員の一人が、わざとらしく咳払いをして席を立った。
場を切り替えるつもりなのだろう。
「えー、それでは二学年のクラス委員は、一学年の向かい側に座ってください」
その指示に従って、二学年の面々が何事もなかったかのように黙々と席に着いていく。
そして自己紹介は白ヶ崎から再開し、一学年全員がなんとか無事に終わった。
「えー、続いては二学年のA組から自己紹介をお願いします。……まあ、あまりメンバーは変わっていないようだけど」
その先輩の言葉に合わせて、A組の女子生徒が立ち上がる。
「あ、あの人……A組だったのか……」
思わず口から漏れた。
きっと今、真守は相当間抜けな顔をしているだろう。
でも、それも仕方ない。
目の前に立っているその人は、入学式の日にぶつかった、あの先輩女子生徒だったのだから。
しかも——
この人は、二学年A組の特待生組。
つまり、この八ツ星高校が誇る“天才美少女”の一人だったのだ。
「2-A、クラス委員女子代表、赤坂 唯です。趣味は特になく、クラス委員を立候補した理由は、次期生徒会長を狙っているからです。以上です」
実にコンパクトな自己紹介だった。
無駄がないというか、思っていたよりずっとサバサバしている。
赤坂の自己紹介が終わると同時に、会長が足を組みながら、いかにも呆れたような顔で口を開いた。
「まだ君はそんなことを言っているのか……」
その一言に、周りの先輩たちも一斉にため息をついた。
「あの、こう見えて私は変わりましたから」
「はぁ……いったいどこが変わったっていうんだ?」
今にも喧嘩が始まりそうな空気だった。
そんな中、白ヶ崎だけは妙に楽しそうに見える。
たぶん、こういう修羅場を見るのが好きなんだろう。
「背が少しばかり伸びました!あと胸も僅かばかりですが大きくなりました!つまり、私は一年前より成長しました!」
「……」
周囲が笑いをこらえている。
そりゃそうだ。
A組の特待生がする発言には、あまりにも似合っていない。
どちらかというと、背伸びしたがる小学生みたいな反論だった。
会長は失笑し、そのまま赤坂を睨みつけるように視線を向けた。
「そんなんじゃ、生徒会長は務まらない。だから、君には立候補も許さないよ」
「なっ……そんなこと言っても、私は諦めません!!」
「無理なんだよ。どんなに君が抗ったって」
「そんなことないです……」
赤坂は小さく俯いた。
どれだけ会長が赤坂のことを嫌っているのかはわからない。なぜそこまで冷たいのかもわからない。
でも、立候補すら許さないというのは、さすがにひどいと真守は思った。むしろ、あの黒ヶ峰より赤坂の方がよほど“やる気”はあるように見えたからだ。
「いい加減に自分を見つめ直したらどうなんだ?」
会長は容赦なく言葉を重ねる。
それに乗るように、周囲の生徒たちも嘲笑を向け始めた。
「そうだそうだ、赤坂。お前は会長の器じゃないんだよ」
「本当にバカね」
「あの先輩、本当にA組なの?」
赤坂が、一人で晒し者にされていた。
真守の隣では、白ヶ崎が相変わらず楽しそうに笑っている。
なんなんだ、この空間は。
あまりにも異様だった。
たぶん、みんなにとっては“会長が正しい”のだ。だから、会長が笑う相手は、自分たちも笑っていい存在になる。
会長が見下す相手は、自分たちも見下していい存在になる。そうやって空気が出来上がっている。
(……気持ち悪いな)
黒ヶ峰を見る。
きっと、また話を変えてくれると信じて。
「くすくす……」
笑っていた。
(ダメかよ……)
もう、誰も止める気がない。
だったら——
俺がやるしかない。
「あの、もう時間がないですし、早く自己紹介を終わらせちゃいましょう!」
思い切って声を上げた瞬間、会議室中の視線がこちらに集中した。
「何、お前が言ってるんだよ」とでも言いたげな目だった。
たしかにそうだ。
俺が言うことじゃないのかもしれない。でも、これしか思いつかなかった。
「あはは、急に喋り出したと思えば、君はやっぱり面白いね」
また会長が手を叩いて笑う。
この人、俺を何だと思ってるんだ。
「それで、君はなんでそんな発言をしたんだい?」
急な質問だった。
当然、答えの準備なんてしていない。
「え、あ、あの……俺、このあとすぐ用事があって、早く終わらせてくれるとありがたいなと……」
また嘘をついてしまった。
テンパると、どうしてもこうなる。
本当は、赤坂先輩が可哀想になって助けたくなったからだ。でもそんなこと、口が裂けても言えない。
言ったところで、赤坂先輩の性格を見る限り、助けられたなんて思われたくもないだろう。
「また嘘だ。君はわかりやすいな。全くもう、本当のことを言ってごらん?」
会長は、俺にだけ妙に優しい口調でそう言った。それが逆に気味が悪い。
「……」
言うしかないのか。言わなきゃいけないのか。
今の俺に、そこまで正しい判断はできなかった。
けれど、このままだと赤坂先輩だけが嫌な思いをして終わる。それだけは、なんとなく違う気がした。
(……じゃあ、もういい)
ここは俺が悪役になればいい。
「じゃあ、遠慮なく言います」
真守は小さく息を吐いた。
「なんで赤坂先輩が嫌われてるのか、俺は知りません。それに、周りのみんなが一緒になって笑ってるのも理解できません。いや、理解したくありません」
会議室の空気が、はっきりと変わる。
でも、止まらない。
「あと、会長個人の権限で、生徒会選挙の立候補をしてはいけないって決めるのは、おかしいと思います」
「おい、お前!会長に向かってその口はなんだ!」
三学年の男子の一人が立ち上がる。
けれど会長は、その動きを手で制した。
「まあまあ。意見を聞いてあげようじゃないか。それで、君の本当に言いたいことは何かな?」
それが、最後の引き金だった。
「なら、とことん言ってやるよ……」
止まらない。
昔から俺はそうだ。
一度スイッチが入ると、もう止められない。
嫌われようが、どう思われようが関係ない。
ここまで来たら、全部吐き出すしかなかった。
「うざいんだよ!みんないい顔しやがって!俺だって最初はそのつもりだったけどよ、この会長のせいで全部崩れたんだよ!」
会議室がざわつく。
「そんなに嬉しいのかよ!こんな会長に気に入られて!」
「貴様、黙らんか!!」
「この恥知らずが!」
「会長を汚すな!!」
三学年たちが一斉に叫び出す。
「黙りません!」
自分でも驚くくらい、声が出た。
「会長、赤坂先輩に嫌な思いをさせたことについて謝ってください!」
「いい加減にしろ一年ガァァァア!!」
次の瞬間。
一番ガタイのいい三学年の男が、真守の目の前まで踏み込んできた。
拳が振り抜かれる。
一瞬だった。
見えたと思った時には、もう遅い。
右ストレートが、真守の頬にまともに入った。
鈍い衝撃。
遅れてやってくる、激痛。
視界が揺れる。
こんなに綺麗に殴られたのは初めてだった。
「ちょっと、君たち、落ち着け!」
会長の制止が飛ぶ。けれど、一足遅い。
「真守!真守、真守っ!」
赤坂が、周囲を振りほどいて駆け寄ってくる。
「あはは……めちゃくちゃ痛いっつーの……」
冗談みたいに笑ったその瞬間、意識がふっと遠のいた。
そして、そのまま——
真守は気を失った。




