表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
PR
86/224

85話 俺×拒絶=踏み込ませません。

祇園と別れた夜から、ほんの少しだけ気持ちが軽くなっていた。


何かが解決したわけじゃない。

結城への違和感も、その正体も、何一つはっきりしていない。


それでも。


(……自分で決めればいい、か)


あのとき祇園が言った言葉が、思っていた以上に残っていた。

誰かに流されるんじゃなくて、自分で選ぶ。それだけのことなのに、今の自分にはやけに難しくて、そしてやけに大事なことに思えた。




朝の教室は、いつも通り騒がしかった。


机を引く音、誰かの笑い声、窓の外から入り込む風。

その中に混ざりながら、真守は自分の席に腰を下ろす。


「……」


無意識に、深く息を吐いた。


まだ少しだけ、胸の奥がざわついている。

それでも昨日までとは違っていた。曖昧だったものに、少しだけ輪郭ができている。


(……逃げるだけじゃダメか)


そんなことを考えていた、そのとき。


「まも君」


すぐ横から声が落ちてくる。


「……」


顔を上げると、結城がいつもの距離に立っていた。


相変わらず、近い。


それでも今日は——


「おはよ」


軽く笑うその表情を、真守は一瞬だけ正面から受け止めた。


「……おはようございます」


短く返す。


それ以上は言わない。視線も逸らさない。

ただ、必要以上に踏み込ませないように、距離だけを保つ。


「ね、今日さ」


結城が、何事もないように言葉を続ける。


「一緒に帰ろ?」


その言葉を聞いた瞬間、ほんの少しだけ時間がゆっくりになる。


昨日までなら、曖昧に流していた。

適当に理由をつけて、逃げるようにかわしていた。


でも。


「……帰りません」


はっきりと言葉にした。

自分でも驚くほど、迷いはなかった。


「……」


結城の動きが、一瞬だけ止まる。


ほんのわずか。


気づかない人間は、きっと気づかない程度の変化。それでも確かに、その目がわずかに揺れた。


「えー、なんで?」


すぐにいつもの調子に戻る。


軽く笑いながら、少しだけ首をかしげる仕草。

けれど——その“戻り方”が、どこかぎこちなかった。


「……」


そこで、真守は一歩だけ踏み込む。

逃げるのではなく、距離を引くために。


「……関わりたくないんで」


静かに、言い切る。


教室のざわめきが、ほんの一瞬だけ遠のいた気がした。


「……」


結城の表情が、止まる。


今度は、さっきよりもわかりやすく。笑顔が、少しだけ崩れる。ほんのわずかに。


「……そっか」


それでも、すぐに整え直す。

いつもの軽い声に戻る。


でも。


「……」


目だけが、戻りきっていなかった。


「まも君って、そういうとこ変わらないね」


ぽつりと落ちた言葉。


「……は?」


思わず顔を上げる。


結城は少しだけ視線を逸らしていた。

どこか遠くを見るような、そんな目。


「変わらないって」


小さく、呟くように続ける。


「昔から、そうやって嫌なことはハッキリと嫌と言うとこ」


「……」


その一言で、心臓が強く跳ねた。

理解よりも先に、体が反応する。


「……何の話ですか」


声が、少しだけ低くなる。


結城は一瞬だけ黙る。

それから、ゆっくりと顔を戻して——


「んー?」


また、笑う。さっきまでの空気を、なかったことにするみたいに。


「なんでもない」


軽く流す。


「気にしないで」


「……」


気にしないわけがない。


けれど、それ以上は踏み込めない。

踏み込んだ瞬間、何かが崩れる気がした。


「……」


前の席。


白ヶ崎が、ゆっくりと振り返る。


何も言わない。でも、その視線ははっきりとした敵意を帯びていた。


結城に向けられているのか、それとも——


「……」


わからない。


ただ、空気がまた一段重くなる。


そのとき。


「おい楽々浦」


神宮丸の声が割り込む。


「なんだよ」


「朝から空気やばくね?」


「やばくねぇ」


即答する。


「いや絶対やばいだろ」


「気のせいだ」


「へぇ〜」


面白がるように笑う。


「結城さん、意外と押すタイプ?」


「やめろ」


「楽々浦完全に押されてるし」


「押されてねぇ」


軽く言い返す。


そのやり取りで、少しだけ空気が緩む。さっきまでの張り詰めたものが、わずかにほぐれる。


それでも——


「……」


残っている。


さっきの言葉が。


そして。


「……」


結城の視線。


今度は、さっきとは違う。まっすぐではなく、どこか探るような。確かめるような目。


授業が始まる。


黒板に文字が並ぶ。教師の声が響く。

ノートを開き、ペンを動かす。いつも通りのはずなのに——


「……」


集中できない。


頭の中に残っている。


——昔から、そうやって嫌なことはハッキリと嫌って言うとこ


「……」


ペンが止まる。


(……なんで)


知らないはずだ。そんなこと。

知っているはずがない。


それなのに。


「……」


横を見る。


結城は普通に授業を受けていた。

何事もなかったかのように。

さっきの表情も、あの空気も、全部なかったことみたいに。


「……」


違う。


これはただの違和感じゃない。

もっと深い。もっと、触れちゃいけないものに近い。


「……」


小さく息を吐く。


それでも。


さっき言った言葉だけは、間違っていないと思っていた。


関わらない。距離を取る。

それが一番いい。


そう決めた。

そう、決めたはずなのに。


「……」


胸の奥で、何かが静かに揺れている。


その正体に気づかないまま、真守はただ、手を止めたまま黒板を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ