84話 俺×夜の公園=心が解けます。
部屋のドアが勢いよく開いた。
「まーくん!」
「うるさ——」
言いかけて止まる。
「……ノックしろよ」
「したよ〜」
「してねぇだろ絶対」
ベッドに寝転がったまま、ため息をつく。
そんな真守をよそに、真希那は勝手に部屋に入り込み、そのまま椅子に腰を下ろした。
「なにその顔」
「どの顔だよ」
「死んでる顔」
「生きてるわ」
軽く返す。
けど。
「……」
そのあとが続かない。
真希那はしばらく何も言わずに、じっと真守の顔を見ていた。
「……なに」
「いや」
少しだけ、声のトーンが落ちる。
「元気ないなって」
「……」
図星だった。
誤魔化そうとして、やめる。
「……転校生」
ぽつりと呟く。
「ん?」
「結城ってやつ」
「うん」
「なんか……無理」
「雑だなぁ」
「説明できないんだよ」
起き上がり、頭をかく。
「距離近いし、変な呼び方するし……なんか、違和感あって」
「ふーん」
真希那は軽く頷きながら、足を組み直す。
「でもさ」
「……?」
「その子、まーくんが思ってるほど悪い子じゃないんじゃない?」
「……」
言葉が止まる。
「ほら、第一印象で決めつけるのってよくないっていうかさ〜」
「……」
何も返せない。
「まーくん、そういうの嫌いじゃん?」
「……」
否定できない。
けど。
「……わかんねぇよ」
小さく呟く。
「だから困ってんだろ」
「そっか」
あっさりと引く。それ以上は踏み込まない。
「……」
沈黙が落ちる。
少しだけ、空気が重くなる。
「……散歩行ってくる」
ぽつりと立ち上がる。
「え、今から?」
「気分転換」
「ふーん」
真希那はそれ以上何も言わなかった。
ただ。
「気をつけてね」
それだけ、少しだけ優しく言った。
夜の街。昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
コンビニで適当に飲み物を買って、袋をぶら下げながら歩く。
風が少しだけ涼しい。
(……落ち着くな)
頭の中が、少しだけ整理されていく。
そのとき。
見慣れた公園の前を通りかかる。
「……」
自然と足が止まる。
そして。
「……あ」
「祇園先輩?」
「……楽々浦くん」
顔を上げる。
少しだけ驚いたような、それでいてどこか安心したような表情。
「こんな時間にどうしたの?」
「散歩です」
軽く袋を持ち上げる。
「そっか」
小さく笑う。
その笑顔は、すごく自然だった。
怪我も、ほとんどわからない。あのときの痛々しさは、もう残っていなかった。
「祇園先輩こそ」
「……ちょっと、暇で」
少しだけ視線を逸らす。
「夜、好きなんだよね」
「……なんかわかります」
自然に言葉が出る。
無理に考えなくてもいい会話。
それだけで、少し楽になる。
「……」
ベンチの隣に座る。距離は、近すぎず遠すぎず。ちょうどいい。
「……最近、どう?」
祇園が静かに聞く。
「……普通です」
一度はそう答える。
けど。
「……いや」
少しだけ間を置く。
「普通じゃないかも」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。
「転校生が来て」
「うん」
「なんか、色々めんどくさくて」
「……へぇ」
「距離近いし、変な呼び方するし」
「ふふ」
小さく笑われる。
「楽々浦くん、困ってるね」
「……はい」
正直に頷く。
そのまま、少しだけ言葉が続く。
愚痴みたいなものだった。まとまってもいないし、結論もない。ただ、思ったことをそのまま口にするだけ。
それでも。
「……」
祇園は、ちゃんと聞いていた。
途中で遮ることもなく、否定することもなく。ただ、静かに。
「……」
言い終わってから、少しだけ驚く。
(……なんでこんな話してんだ俺)
真希那に話したときとは、全然違う感覚だった。
「……どうしたらいいと思います?」
思わず聞いていた。
「うーん」
祇園は少しだけ考えてから、
「楽々浦くんが思った通りにするのが、一番じゃない?」
と、柔らかく言った。
「……」
「無理に合わせる必要ないと思うよ」
「……」
その言葉が、妙にしっくりくる。
「楽々浦くん、ちゃんと考えてるし」
「……そんなことないです」
「そんなことあるよ」
あっさりと言い切られる。
「だから大丈夫」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
軽く笑う。
その距離が、ほんの少しだけ近く感じる。
風が吹く。
静かな時間が流れる。
「……あのさ」
祇園が、少しだけ視線を逸らしながら口を開く。
「はい?」
「楽々浦くんって……好きな人とかいるの?」
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
「な、なんでその話になるんですか」
「なんとなく」
少しだけ照れたように笑う。
「……」
困る。
どう答えればいいかわからない。
「……いないです」
とりあえず誤魔化す。
「ほんとに?」
「ほんとです」
「ふーん」
少しだけ疑うような目。
それから、くすっと笑う。
「わかりやすいね」
「なにがですか」
「全部」
「……」
返す言葉がない。
「……」
そのまま、また静かな時間が流れる。
さっきまでの重さが、嘘みたいに軽くなっていた。
同じ話をしたのに。真希那に話したときよりも、ずっと楽だ。
胸の奥の引っかかりが、少しだけほどけている。
「……」
立ち上がる。
「そろそろ帰ります」
「うん」
祇園も軽く頷く。
「またね、楽々浦くん」
「……はい」
手を振る。
そのまま、公園を後にする。
夜風が、さっきよりも心地よかった。




