81話 俺×昼休み=味がしません。
チャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩んだ。
張り詰めていたものが解けるように、生徒たちが一斉に動き出す。
弁当を広げる音、椅子が引かれる音、誰かの笑い声が混ざり合って、いつもの昼休みが始まる。
その中で、真守はゆっくりと息を吐いた。
(……疲れた)
午前中だけで、妙に消耗していた。
原因はわかっている。
隣の席、視線、距離感。
考えないようにしても、意識から外れてくれない。
「まも君」
「……っ」
すぐ横から落ちてきた声に、肩がわずかに揺れる。
「一緒にご飯、食べよ?」
軽い調子だった。けれど、どこか逃げ場のない響き。
「……いや、俺は」
言葉を選ぶ。できるだけ自然に、距離を取るように。
「今日はいいです」
はっきりと断る。
それで終わるはずだった。
「そっか」
あっさり引いたように見える。
だが——
「じゃあ、どこ行くの?」
すぐに続く。
「食堂?それとも教室?」
「……」
逃げ道を塞がれる。
「別に一緒じゃなくてもいいよ?近くでも」
柔らかい声。でも確実に、距離を詰めてくる。
(……なんなんだよ)
拒否しているのに、拒否させてもらえない感覚。
そのとき。
「おーい楽々浦!飯行こうぜ!」
後ろから明るい声。
神宮丸だ。
振り返ると、いつも通りの調子で手を振っている。その軽さに、ほんの少しだけ救われた気がした。
「……行く」
短く答える。
それで流れを変えられると思った。
「よっしゃ!今日は食堂だな——」
「じゃあ、私も」
結城が自然に立ち上がる。
「お、結城も来るのか?」
神宮丸が普通に反応する。
「ああ、そりゃそうだよな。同じクラスだし」
軽く笑う。
さっきまでの違和感が嘘みたいに、あっさり受け入れている。
(……そうだよな)
こいつは事情なんて知らない。
ただの転校生として見てるだけだ。
「じゃあ三人で——」
「ちょっと待って」
空気を切る声。
振り返るまでもない。白ヶ崎だ。
歩いてくるだけで、周りの温度が変わる。
「……どこ行くの?」
表情はいつも通り。でも声が低い。
「食堂」
真守が答える。
「……ふーん」
視線がゆっくり動く。
結城へ。
結城は動じない。むしろ、ほんの少しだけ笑っていた。
「一緒に行くの?」
白ヶ崎の問い。
「うん」
結城は即答する。
一瞬、沈黙。
(……やめろって)
空気が重い。
神宮丸が困ったように頭をかく。
「いやー、なんかすげぇメンツだな今日!」
無理やり明るくする。けど、空気は変わらない。
「……別にいいけど」
白ヶ崎が一歩前に出る。結城との距離が詰まる。視線がぶつかる。
静かに火花が散るような感覚。
「行くんでしょ?」
そのまま先に歩き出す。
結局、四人で食堂へ向かうことになった。
昼の廊下は賑やかだった。でも、この四人の周りだけ妙に静かだった。
神宮丸が何度か話を振る。どうでもいい話。
軽い冗談。それでも。
「……」
結城は真守を見ている。
ずっと。
そして。
白ヶ崎は、それを見ている。
(……地獄かよ)
食堂に着く頃には、精神的にかなり削られていた。
席に座り、神宮丸が慣れた手つきで注文をまとめる。
「俺カレーな!楽々浦は?」
「……なんでもいい」
「適当すぎだろ」
笑いながらメニューを開く。
その間も、視線は消えない。逃げ場もない。
料理が目の前に来ても、状況は変わらなかった。
箸を動かす。味はほとんどわからない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
そんな中で。
「ねぇ」
結城が口を開く。
「まも君ってさ」
その呼び方だけで、意識が引き戻される。
「昔からそんな感じなの?」
「……は?」
意味がわからない。
「優しいっていうか」
少し首を傾ける。
「放っておけないタイプ?」
「……別に」
短く返し、深く考えないようにする。
でも。
その言葉に、妙な引っかかりが残る。
"昔から"
まるで知っているみたいな言い方。
「へぇ」
結城が小さく笑う。それ以上は言わない。
その沈黙が、逆に重い。
食事が終わりに近づく。
そのとき。
「おーい!」
明るい声。赤坂だ。
「話題の転校生いるって聞いてさ!」
そのまま近づいてくる。
「どの子?」
真守を見る。
「……この人」
適当に指さす。
「紹介雑すぎない?」
結城が少し不満そうに言う。
「ひどいよ、まも君」
その一言。
「……え?」
赤坂の表情が、一瞬だけ止まる。ほんのわずかに、目が見開かれる。気のせいかと思うほど短い違和感。
「まも君?」
軽く繰り返す。
いつもの調子のまま。けれど、ほんの少しだけ声が硬い。
「……へぇ」
小さく笑う。
いつも通りの、明るい笑顔。
「そっか、もう仲良くなってるんだね」
自然な言葉。
自然な表情。
なのに——
どこかだけ、噛み合っていない。
「ごめん、ちょっと用事思い出した!」
そのまま、軽い調子で手を振る。
振り返らずに、その場を離れていく。
「……」
さっきまでと何も変わっていないはずなのに。なぜか、胸の奥に違和感だけが残った。
「……」
場が固まる。
神宮丸も、白ヶ崎も、何も言えない。
結城だけが、その背中を静かに見ていた。
そして。
「……怒らせちゃったね」
ぽつりと呟く。どこか他人事みたいに。
理解が追いつかない。
ただ一つだけ確かなのは——
何かが、確実にズレ始めている。
そんな感覚だけが、胸に残っていた。




