77話 俺×花火=風情があります。
騒がしさは、そのまま家の中に持ち込まれた。
「お邪魔しまーす!」
「ちょ、靴くらい揃えて——」
玄関を開けた瞬間、赤坂の元気な声が先に飛び込んでくる。続いて白ヶ崎、葵、奏と次々に上がり込んでいき、あっという間に実家の空気が変わった。
「……なんでこうなるんだ」
小さく呟くが、止められるはずもない。
「まあまあ、いいじゃない。こんなに賑やかなの久しぶりだし」
奥から出てきた母親が、楽しそうに笑う。
事情を軽く説明すると、あっさりと頷かれた。
「いいわよ、泊まっていきなさい」
(いや断ってくれよ……)
心の中でだけ反論する。
「やったー!真守ママありがとう!」
赤坂が両手を上げて喜ぶ。
「ありがとうございます」
白ヶ崎も一応頭を下げるが、すでに靴を脱いで上がる準備は万端だった。
そのまま勢いよくリビングへ。
広い空間に、見慣れない人数が一気に集まる。
ざわざわとした空気、笑い声、足音。
——落ち着く暇がない。
そのとき。
「じゃーん!」
赤坂が、どこか得意げに袋を掲げた。
中から少しだけ覗くカラフルなパッケージ。
「花火大会、やろうよ!」
「……は?」
思わず間抜けな声が出る。
「え、今から?」
「うん!」
迷いがない。
「いや急すぎるだろ……」
真守の隣で、葵も少しだけ驚いたように目を瞬かせる。
「聞いてないんだけど」
「え?言ってなかったっけ?」
そんな中、白ヶ崎だけがニヤリと口角を上げた。
「……え、白ヶ崎さんは知ってたの?」
「……まあ」
そう言いながら、ちらっと荷物の方を見る。
少しだけ開いたバッグの中に、折り畳まれた布。
——浴衣。
「準備いいな」
「別に……普通でしょ」
そっぽを向く。
「え、咲音ちゃんだけ知ってたの!?」
赤坂が驚く。
「みんなに言ったつもりだったんだけどな〜」
「言ってませんよ……」
呆れた声。
そのやり取りを横目に。
「……浴衣、ね」
母親がふと思い出したように言う。
「真希那のが何着かあるから、よかったら使う?」
「え、いいんですか?」
葵が少し目を輝かせる。
「もちろん」
「じゃあお言葉に甘えて」
即答だった。
一方で。
「……借り物か」
奏が少しだけ眉を寄せる。
「いいじゃんいいじゃん!せっかくだし!」
赤坂が背中を押す。
「……仕方ない」
渋々といった様子で頷く。
「よし、じゃあ決まり!」
「私も着る!」
真希那が急にテンションを上げる。
「絶対似合うやつ選ぶから!」
「いや真希ねぇは別に——」
「うるさい!」
一蹴された。
そして。
「じゃあ着替えるから、まー君は外ね」
「は?」
「男子は立ち入り禁止」
「当たり前でしょ」
「早く行って」
背中を押される。
気づけばリビングから追い出されていた。
ドアが閉まる。
「……」
静かになった、はずなのに。
向こうからは、はっきりと声が聞こえてくる。
「ねえこれどうやって着るの!?」
「帯はこうして——ちょっとじっとして」
「え、胸のとこ余るんだけど」
「……あ、それ私も」
「ちょっと!なんで余るのよ!」
「知らな〜い、サイズの問題じゃない?」
「うるさい!」
笑い声が混ざる。
布が擦れる音。
バタバタと動く気配。
(……なんなんだよこの状況)
壁に寄りかかりながら、ぼんやりと天井を見上げる。
やけに長く感じる時間。でも、どこか心地いい騒がしさだった。
そして。
「——まー君、いいよ」
ドアが開く。
ゆっくりと顔を上げる。
「……」
言葉が、出なかった。
最初に目に入ったのは、赤坂。
明るい色の浴衣に、いつもの笑顔。動くたびに袖が揺れて、普段よりも少しだけ大人びて見える。
「どう!?似合う?」
「……ああ」
短くしか返せない。
その隣に、白ヶ崎。
落ち着いた色合いの浴衣。髪も少しだけ整えていて、いつもより柔らかい印象。視線が合うと、すぐに逸らされる。
「……なによ」
「いや……」
続けられない。
そして。
少し遅れて、葵が出てくる。
「……どう?」
静かな声。
真希那の浴衣を着ているはずなのに、不思議と違和感がない。むしろ——似合いすぎている。
普段の制服とは違う、柔らかい雰囲気。
それでも目だけは、まっすぐこちらを見ている。
「……似合ってます」
思わず出た本音だった。
「……そっか」
嬉しそうに小さく笑う。
その隣に、奏。
同じ浴衣でも、どこか落ち着いた雰囲気。静かに立っているだけで、空気が締まる。
「……見すぎ」
「見てない」
「見てる」
短いやり取り。
最後に、真希那。
「どう!?最高でしょ!」
一番テンションが高い。
「……なんで真希ねぇが一番楽しそうなんだよ」
「当たり前でしょ!」
笑い声が重なる。
そのまま。
もう一度、海へ向かう。
夜の海は、昼とはまったく違う顔をしていた。
波の音だけが響く静けさ。空には、ゆっくりと色を変える夕焼けの残り。
砂浜に座り、花火の袋を開ける。
「よし、やるよー!」
火が灯る。
パチパチと音を立てて、光が弾ける。
「危なっ!そっち向けるなって!」
「ごめんごめん!」
ロケット花火が変な方向に飛ぶ。
「ちょっと!こっち来た!」
「逃げろ!」
笑いながら、砂の上を走る。
騒がしくて、まとまりがなくて。
でも、楽しい。
やがて。
火が落ち着いていく。
最後に残ったのは——線香花火。
「これが一番いいよね」
赤坂がぽつりと言う。
小さな火が、静かに揺れる。誰も大きな声は出さない。ただ、隣にいる。
「ねえ」
不意に、真希那が口を開いた。
「まー君ってさ」
嫌な予感がする。
「この中で、一番誰が好き?」
「……は?」
空気が止まる。
全員の視線が集まる。
「え、いや、その……」
言葉が出ない。逃げ場もない。
「……みんな一緒だよ」
絞り出す。
その瞬間。
「はぁ……」
大きなため息が、綺麗に重なった。
「最低」
「最低だね」
「最低」
「……最低」
「なんでだよ!?」
最後の火が、静かに消える。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、夜は静かだった。
帰り道も、家に着いてからも。
気づけば、みんな無言に近かった。
着替える気力もないのか、そのまま順番に崩れるように寝ていく。
リビングに、静かな寝息が重なる。
「……」
真守も、ソファに腰を下ろす。
さっきまでの光景が、頭の中でゆっくりと再生される。
浴衣。
笑い声。
花火の光。
「……」
目を閉じる。
騒がしい一日が、ようやく終わる。
そのまま、ゆっくりと意識が沈んでいった。
静かな夜だった。




