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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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76話 俺×海辺=距離感が壊れます。

実家で過ごす時間は、思っていたよりもずっと穏やかだった。あれだけざわついていた胸の奥も、海の近い町の空気と、家の中の騒がしさに少しずつ馴染んでいく。

けれど、その一方で、確実に近づいているものもあった。


生徒会の再開だ。


帰省してから二週間。長いようで短かった時間の終わりが見え始めていた。


海で遊ぶ約束をした前日の夜、真守は自室のベッドに寝転がりながら、ぼんやりとそのことを考えていた。

窓の外からは、遠くで波が砕けるような音がかすかに聞こえる。田舎の夜は静かで、静かすぎるせいか、少し考え事を始めると止まらなくなる。


「……あと数日、か」


そう呟いた直後、スマホが震えた。画面を見る。表示されていた名前に、真守は一瞬だけ身を起こした。


「……葵先輩?」


通話ボタンを押す。耳に当てる。少しだけ間があってから、聞き慣れた声が流れ込んできた。


『もしもし、楽々浦くん?』


「は、はい」


たった二週間。たったそれだけなのに、その声が妙に懐かしく感じた。毎日のように聞いていたはずの声だ。生徒会室で、隣の席で、当たり前みたいに耳に入っていた声。


それが電話越しに届くだけで、妙に胸の奥がざわつく。


『今、大丈夫?』


「大丈夫です。どうしたんですか?」


『いや、たいしたことじゃないんだけど』


葵は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。それから、いつもより少しだけ柔らかい声で続けた。


『あと数日で生徒会の仕事、再開するでしょ? それで……どうかなって』


「どう、とは?」


『ちゃんと戻ってこられそうかってこと』


軽い確認のように聞こえるのに、その一言の奥に、別の感情が混じっている気がした。真守は一瞬だけ答えに詰まる。


「……たぶん、大丈夫です。前よりは少し」


『そっか』


短い返事。でも、その一言に少しだけ安堵が混じっていた。


『よかった』


その声を聞いて、真守の方が変に緊張した。耳が熱い。部屋の中は静かなのに、自分の心臓の音だけがうるさく感じる。


『……本当は、それだけじゃないんだけど』


「え?」


『会いたいなって思って』


一瞬、思考が止まる。


『我慢できなくて、電話しちゃった』


「……」


何も言えない。電話越しだというのに、葵が目の前にいるみたいに感じた。

夕方の生徒会室で見た、あの少し寂しそうな表情まで頭に浮かんでくる。


喉が乾く。何か返さないとと思うのに、言葉がうまくまとまらない。


「えっと、その……」


情けない声しか出ない。自分でも分かるくらい動揺していた。

電話だからまだ助かっている。これが対面だったら、たぶんもっとひどかった。


葵は小さく笑った。


『そんなに困る?』


「困るっていうか……急だったんで」


『ふふ』


笑い声が、やけに近い。電話越しなのに、距離が縮まっていく感じがした。言葉の一つ一つが、耳からじゃなく、もっと別のところに直接届いているような感覚になる。


「……先輩」


『ん?』


そこで真守は、勢いのまま口を開いていた。


「二日だけ生徒会から休みをもらって……」


『うん』


「海、来ませんか」


自分で言ってから、少し遅れて驚く。何を言ってるんだと思った。でも、口から出てしまったものは戻らない。


「その、赤坂先輩と白ヶ崎さんも来る予定で、たぶん真希ねぇもいるし……だから、変な意味じゃなくて」


言い訳みたいに続ける。


電話の向こうで、少しの沈黙があった。


『……行く』


返事は、思ったよりも早かった。


『絶対行く』


その声音だけで、テンションが上がっているのが分かる。葵のこういう分かりやすいところは珍しい。


真守は少しだけ笑ってしまう。


「電話越しでも分かるくらい嬉しそうですね」


『うるさいな!でも、嬉しいからしょうがないじゃん』


その言い方が、いつもの先輩らしい余裕より少しだけ年相応で、真守はまた変に心拍数が上がった。


「じゃあ、駅まで迎えに行きます」


『うん。待ってる』


その後も少しだけ、どうでもいい話をした。

海の話とか、天気の話とか、本当に他愛のないことばかりだったのに、電話を切る頃には部屋の空気が最初とは全然違っていた。


静かな夜なのに、胸の中だけが妙に騒がしい。通話終了の画面を見つめながら、真守はベッドに倒れ込んだ。


「……なんなんだよ」


誰に言うでもなく呟く。けれど、その声は少しだけ弾んでいた。


翌日。海辺の町の駅前は、朝から強い日差しに照らされていた。

真希那はすでに完全に夏のテンションで、待ち合わせの十分前から「まだかな、まだかな」と落ち着きがない。


「まーくん、私やっぱり水着で迎えに来るべきだったんじゃない?」


「なんでだよ」


「海の町感が出るでしょ?」


「ただの不審者だろ」


そんなやり取りをしているうちに、電車が着く。

人が降りてくる。その中に、見慣れた金髪が見えた。


「葵先輩!」


手を上げる。葵がこちらに気づいて、少しだけ笑う。その隣にもう一人、長い金髪の少女が立っていた。


「……奏先輩?」


真守が思わず言うと、葵より先に奏が軽く顎を上げた。


「来た」


「いや、なんでですか」


「姉妹だから」


「説明になってないんですけど」


葵が少し気まずそうに肩をすくめる。


「一応、止めたんだけど」


妹愛好家(シスコン)なら当たり前」


奏が真顔で言う。


「いや、自分で言うんですね」


「問題ある?」


「ありますよ色々」


真希那がそこに割って入る。


「へぇ〜、双子って本当にくっついてくるんだ」


「あんたにだけは言われたくない」


奏がぴしゃりと返す。


「え、なんで?」


「重度の弟愛好家(ブラコン)でキモいから」


「久しぶりの再会でひどくない!?」


「うるさいっ!!」


「ぐっ……!」


駅前からもう騒がしい。真守は一気に疲れた顔になったが、それでも葵が隣にいることが少しだけ嬉しい自分もいた。


海に着くと、先に来ていた二人の姿が目に入った。砂浜の白さと海の青さの中で、赤坂と白ヶ崎はそれだけで風景の一部みたいに映える。


「おーい、真守ー!!」


まず目に入ったのは赤坂だった。


普段は元気いっぱいで小動物みたいな印象の彼女が、水着姿になると妙に危うい。

小柄な体つきなのに、露出した肩や細い腰のラインがやけに目を引いた。太陽の光を受けて、茶色いボブがいつもより柔らかく見える。

本人はそんな周囲の視線なんてまるで気にせず、こっちに向かって大きく手を振っていた。


「もう、遅いわよ!」


一方の白ヶ崎は、まるで別の意味で目を奪われた。


学校で見る彼女は、どこか近寄りがたい綺麗さがある。けれど今、波打ち際に立つその姿には、普段よりもずっと素直な“女の子らしさ”があった。

白い肌に映える水着の色、少しだけ風に揺れる髪、涼しげな目元。あまりにも絵になりすぎていて、真守は一瞬まともに見られなかった。


「……」


「真守?」


赤坂が不思議そうに首をかしげる。


「いや、なんでもないです」


「嘘だー」


白ヶ崎はそんな真守の反応を見て、少しだけ口元を緩めたあと、すぐにそっぽを向く。


「……ジロジロ見ないでよね」


「見てないって」


「見てたわよ」


「ちょっとだけだ!」


もう言ってることがダメだった。


そのあと、更衣室から三人が出てきた時には、真守の精神はさらに追い込まれることになる。


「楽々浦くん……どうかな?」


葵は普段の凛とした雰囲気を残したまま、それでも水着姿になると一気に距離感が壊れる。

露出が増えたことで、今まで制服が作っていた壁が消えてしまったみたいだった。


「葵をジロジロ見たら殺すから」


奏は葵と同じ顔立ちなのに、髪を下ろした柔らかさのせいか、もっと女の子らしい印象が前に出ている。

並んでいるだけで双子だと分かるのに、見え方は全然違う。


「ひゃっほーい!海だー!!」


そして真希那は真希那で、いつも通り無駄に堂々としていて、妙な色気すらあったので、真守はもう深く考えるのをやめた。


学校で毎日関わっている相手なのに、制服を離れるだけでこんなにも違って見えるのかと、真守は変に実感してしまう。

自分は普段、こんなに綺麗で、可愛くて、騒がしい人たちと一緒にいたのか。

今さらのようにそんなことを考えて、少しだけおかしくなった。


ただ、海に入れば、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。


赤坂が真っ先に水をかけてきて、白ヶ崎が本気で怒って、葵が呆れながらも笑っている。

奏は最初は乗り気じゃなさそうだったのに、気づけばちゃんと混ざっていた。

真希那は終始テンションが高く、誰彼構わず巻き込もうとする。


ビーチバレーでは赤坂が意外と機敏で、白ヶ崎が無駄に負けず嫌いで、葵が静かにうまく、奏が淡々と強かった。


太陽の光は強く、砂は熱く、海風は気持ちいい。時間が進むほどに、みんなの笑い声も自然になっていった。


学校でも、生徒会でも、家でもない場所。ここではただ、一緒に遊んでいるだけでよかった。


夕方になると、海と空の境目が少しずつ赤く染まり始めた。波がオレンジ色の光を細かく砕いて、砂浜までその色を運んでくる。

昼の騒がしさが少し落ち着いて、空気がやわらかくなる。


そんな時間の中で、真守はふと座り込んだまま眠ってしまった。


そして、夢を見る。懐かしさを感じる夢だった。


"まも君"


誰かが呼んでいる。


その声は、知っているはずなのに顔が浮かばない。真守は声のする方へ歩いていく。柔らかい光の中に、ひとりの子が立っていた。

写真で見た、あの子だと分かった。小柄で、静かで、でも確かにこちらを見ている。


「……きみは誰?」


手を伸ばす。


聞こうとした、その瞬間——目が覚めた。


視界が現実に戻る。夕日で赤く染まった空。潮の匂い。そして、自分の手の位置。


「……え」


固まる。


目の前で、葵が顔を真っ赤にしていた。


どうやら起こそうと近づいてきたところを、寝ぼけた真守の手が胸元に触れてしまっていたらしい。


「……っ!」


葵が勢いよく離れる。


「ち、ちが……!」


真守も一気に意識が覚醒した。次の瞬間には、砂浜に勢いよく頭を下げていた。


「すみませんでした!!」


全力の土下座だった。


「本当にすみません!!」


「……」


少しの沈黙。周りの空気も止まっている。


「……じゃあ」


葵が小さく咳払いして、まだ顔を赤くしたまま言った。


「触った責任、取ってよね」


少しだけふざけた言い方だった。


たぶん本気で怒っているわけじゃない。でも、その一言で真守の顔はさらに真っ赤になり、白ヶ崎が「はあ!?」と反応し、赤坂が面白がって笑い、奏は殺意がこもったタメ息をついた。


結局、その場はそれでなんとか収まった。だが、騒ぎはそれで終わらなかった。


葵と奏が急遽来たせいで、今夜の宿がないという話になったのだ。


「じゃあ、うち泊まります〜?」


真希那が軽いノリで言ったのがまずかった。


「え、いいんですか?」


葵が食いつく。


「別に部屋はあるし〜」


「……いいな」


白ヶ崎がぽつりと言う。


「え?」


「私も泊まりたい」


「なんでだよ!?」


即ツッコミ。


「だってずるいじゃない」


「どこがだよ!」


「じゃあ私も泊まる!」


赤坂まで乗ってくる。


「なんでそうなるんですか!?」


「楽しそうだし」


「軽っ!」


奏は奏で当然のように葵の隣に立っている。


「私は最初からそのつもり」


「なんでだよ!!」


ツッコミが追いつかない。


真希那は面白がっているし、白ヶ崎は妙に本気だし、赤坂は乗っかるし、葵は困りながらも完全に拒否はしていない。

結局、真守の意思だけがきれいに置き去りにされたまま、なぜか全員で実家に泊まる流れが完成してしまった。


「……なんでこうなるんだよ」


沈みかけた夕陽の前で、真守は頭を抱えた。


でも、その騒がしさの中にいると、不思議と悪い気はしなかった。


海と夕暮れと、笑い声。


その全部が混ざり合った一日の終わりに、また新しい騒動の予感だけが、楽しげに膨らんでいた。

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