70話 俺×夏休み=少しだけ離れます。
みんなは夏休みに入り、学校全体がとても静かになっていた。
そんな中、生徒会室の空気は、今日も静かだった。紙をめくる音、ペンを走らせる音、誰かが小さく息を吐く音。生徒会だけは変わらない。
「……」
真守は自分の席で書類を見つめたまま、小さく指を止める。
昨日、公園で祇園と話した時間。あの時だけは、不思議なくらい気持ちが軽かった。
でも——
今、この部屋にいると。また少しずつ、胸の奥が重くなっていく。
「……」
周囲を見る。
山影は三宝と一緒に大量の資料を運んでいる。
「おい山影、それそっちじゃっど!」
「え、マジっすか!?」
「マジじゃ!」
そんなやり取りをしながらも、作業は止まらない。
坂下はアリスと並んで会計処理を進めている。
黒ヶ峰と池鶴も、淡々と書類整理を続けていた。
そして——
「楽々浦くん」
葵の声。
「その資料、終わったらこっちお願い」
「あ、はい」
反射的に返事をする。
それだけ。
何も変わっていない。
葵は相変わらず普通に接してくれるし、生徒会も問題なく回っている。
それなのに。
(……やっぱ、疲れてんのかな)
真守は小さく目を伏せる。
何の役にも立ってないのに、一人でとても情けなくなる。
「……」
その時だった。
「楽々浦君」
不意に、会長が声をかけてくる。
真守は顔を上げた。
「はい?」
会長は穏やかな笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。
「少し、疲れているように見えるね」
「……」
図星だった。
真守は小さく苦笑する。
「そんな顔に出てました?」
「少しだけね」
会長は立ち上がる。
そして、ゆっくりと真守の席の近くまで歩いてきた。
「最近、頑張りすぎだよ」
静かな声。
責めるでもなく、優しすぎるくらい自然な声音だった。
「楽々浦君は真面目だから、自分で思っている以上に無理をしてしまう」
「……」
否定できなかった。
「だから——」
会長は少しだけ微笑む。
「少し休むといい」
「……え?」
予想外の言葉だった。
真守は目を瞬かせる。
「休むって……」
「夏休みだよ」
会長は当然のように言う。
「気分転換さ。数日、生徒会から離れてみるのも悪くないと思う」
「で、でも……仕事が」
「問題ない」
即答だった。
「今の生徒会なら回る」
その言葉に、真守は一瞬だけ黙る。
視線が、自然と周囲へ向く。
確かに今の生徒会は、異様なくらい安定していた。
自分がいなくても、回ってしまうくらいに。
「……」
胸の奥が、少しだけ痛む。
会長はそんな真守を見て、小さく笑った。
「寂しそうな顔をするね」
「……してません」
「してるよ」
さらりと言われる。
真守は少しだけ視線を逸らした。
「別に……ただ」
言葉を探す。
「なんか、自分だけ置いていかれてる気がして」
ぽつりと漏れる。
その瞬間。
生徒会室の空気が、少しだけ静かになった。
「……」
誰も茶化さない。誰も否定しない。ただ、静かだった。
そして。
「そんなことないよ」
最初に口を開いたのは、葵だった。
真守が顔を上げる。
葵は少しだけ困ったように笑っている。
「楽々浦くん、ちゃんと頑張ってるし」
「でも——」
「むしろ、頑張りすぎなんだよ」
言葉を被せられる。
「今の楽々浦くん、ちょっと余裕なさそうだもん」
「……」
何も言い返せない。
「だからさ」
葵は柔らかく笑う。
「少しくらい休んでもいいと思う」
「……」
その時だった。
「そうじゃ!」
三宝が急に大きな声を出す。
「楽々浦! 休みなら実家帰ればよか!」
「え?」
「気分転換は大事じゃっど!」
山影も乗っかる。
「それいいっすね!」
「……」
急に話が広がっていく。
坂下まで小さく頷いた。
「……少し休んだ方がいいと思います」
アリスも、おずおずと続ける。
「楽々浦くん……最近、ずっと張り詰めてる感じしますし……」
黒ヶ峰ですら、作業を止めずに小さく言った。
「倒れられる方が迷惑」
相変わらず言い方は刺々しい。
だが、否定ではなかった。
「……」
真守は少しだけ息を吐く。
なんだこれ。
少し前まで、こんな空気じゃなかったはずなのに。
「……」
気を張り詰めていたせいか、みんなの言葉に安心する。そして少しだけ、肩の力が抜けた。
会長が静かに問いかける。
「どうする?」
真守は少し考えてから——
「……少しだけ」
小さく笑った。
「休んでみます」
その瞬間。
「決まりだね」
会長が穏やかに笑う。
「では、楽々浦君は明日から夏休みだ」
「いや急ですね!?」
思わずツッコむ。
すると。
「よかったじゃん、楽々浦くん」
葵が小さく笑った。
「少しは楽になれるかもよ?」
「……そうだといいですけど」
真守は苦笑する。
けれど。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ——
胸の奥が、軽くなった気がした。




