69話 俺×心の在りどころ=少しだけ救われます。
夜の街は、相変わらず静かだった。
人通りは少なく、コンビニの明かりだけがやけに明るく見える。
袋を片手に持ちながら、真守はゆっくりと歩いていた。
目的があるわけじゃない。
ただ——
「……」
無意識に、あの公園へ向かっている。
(……なんでだよ)
自分でも分かっていた。
“会えるかもしれない”と思っている。
それが、少しだけおかしかった。
つい最近まで、関わりたくないタイプの人間だったはずなのに。
今は——
(……会えたらいいなって思ってるのか)
自分で自分に呆れる。
それでも、足は止まらない。
公園の前に差し掛かる。
街灯の下。ベンチ。
そこに——
「……あ」
人影。
「祇園先輩?」
名前を呼ぶ。
その人影が顔を上げる。
「……楽々浦くん、また会ったね」
少しだけ笑う。
その笑顔は、前よりもずっと明るかった。
「……ほんとですね」
思わず、少しだけ安心する。
よく見ると、松葉杖はまだ使っている。けれど、顔色は明らかに良くなっていた。
眼帯も外れている。
「怪我、大丈夫なんですか」
「足だけかな」
軽く松葉杖を持ち上げる。
「それ以外はもうほとんど平気」
「……そうですか」
「心配してくれた?」
少しだけいたずらっぽい笑み。
「まあ……はい」
素直に答える。
「そっか」
祇園が、ふっと笑う。
「じゃあ、ちゃんと約束守らないとね」
「約束?」
「ちゃんと笑うってやつ」
"にっ"
そう言って、少しだけ大げさに笑ってみせる。
「どう?」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
(……なんだこれ)
胸の奥が、少しだけ揺れる。
「……いいと思います」
「ほんと?」
「はい」
それ以上の言葉が出てこない。ただ、その笑顔が妙に残った。
気づけば自然と、隣に座る。
夜の公園は静かだった。
風が、少しだけ強い。
「……」
しばらく、何も話さない。
それでも、不思議と居心地は悪くなかった。
むしろ——
落ち着く、そう思ってしまう。
「……なんかあった?」
祇園が、ぽつりと聞いてくる。
「え?」
「顔に出てる」
少しだけ笑う。
「……」
隠すつもりはなかった。でも、話すつもりもなかった。
はずだった。
「……生徒会が」
気づけば、口が動いていた。
「思ってたよりきつくて」
「うん」
「みんな普通にできてるのに、俺だけ追いついてない感じがして」
言葉が、止まらない。
「なんか……」
少しだけ、視線を落とす。
「置いていかれてる気がするんですよね」
「……」
祇園は、何も言わずに聞いていた。
遮らない、急かさない。ただ、ちゃんと聞いてくれている。
それだけで、少しだけ楽になる。
「……俺、向いてないのかもしれないです」
最後に、ぽつりと漏れる。
「そんなことないよ」
即答だった。
「え?」
「楽々浦くんは、ちゃんと見てるし、考えてるし」
少しだけこちらを見る。
「それだけで十分すごいよ」
「……」
否定じゃなく、ただの肯定。それが、やけに沁みた。
「……ありがとうございます」
自然と、そう言っていた。
「どういたしまして」
祇園が小さく笑う。
少し、間が空く。
風が通り過ぎる。
その中で。
「……ねぇ」
祇園が、静かに言う。
「私、生徒会戻りたいなって思ってる」
「……え?」
予想外だった。
「戻りたいって……」
「うん」
少しだけ視線を落とす。
「怖いけど」
「……」
「でも」
ゆっくりと顔を上げる。
「楽々浦くんがいるなら」
ほんの少しだけ、笑う。
「私、頑張れるかも」
「……」
言葉が出ない。
そんなことを言う人だとは、思っていなかった。
「……」
胸の奥が、じわっと熱くなる。
(……ああ)
その瞬間、はっきり分かった。
今、自分は——
祇園先輩に、救われている。
「……じゃあ」
思わず、言葉が出る。
「会長に——」
「……だめ」
被せるように、祇園が言う。
「え?」
「やっぱり、いい」
その表情が、明らかに変わる。
さっきまでの柔らかさが、一瞬で消えた。
「……怖いから」
その一言。
「……」
言おうとしていた言葉が、止まる。
“大丈夫です”って、言おうとした。
でも。
祇園の顔が、あまりにも強張っていて。それ以上、何も言えなかった。
「……この話、忘れて」
小さく笑う。
「……」
頷くしかなかった。
それからは、他愛のない話に戻る。
学校のこと。どうでもいい話。
少しだけ、笑う時間。
それでよかった。
それ以上、踏み込まないまま。
「……じゃあ、俺そろそろ」
真守が立ち上がる。
「うん」
祇園も頷く。
「またね」
「はい」
軽く手を振る。
そのまま、歩き出す。
——その時。
「……ねぇ、楽々浦くん」
呼び止められ、振り向く。
「なんですか?」
祇園が、少しだけ迷った顔をしていた。
それから。
「……やっぱり」
ほんの少しだけ、目を逸らして。
「楽々浦くんといる時だけ、本当の自分になれるって思う」
「……」
「それだけ」
小さく笑う。
「じゃあね」
手を振る。
「……はい」
真守も軽く返す。
そのまま、歩き出す。
「……」
少しだけ、胸が温かい。
それだけだった。
そして。
「……もう」
祇園は、小さく頬を膨らませた。
「気づかないんだ」
誰もいない夜の公園で、ひとり呟く。
その声は、静かに風に溶けていった。




