67話 俺×余韻=止まれません。
教室は、まだ騒がしかった。
さっきの流れが収まる気配はなく、むしろさらに悪化している。
「だから違うって言ってるだろ!」
「違くないでしょ!」
「なんでそうなるんだよ!」
真守の声は、完全に飲み込まれていた。
白ヶ崎は頬を赤くしながら睨み続けているし、赤坂はその様子を面白がるように距離を詰めてくる。
「ねぇ真守、どっちが好き?」
「そういう問題じゃないです!」
「逃げた」
「逃げてない!」
「じゃあ答えて」
「答えられるか!」
完全に制御不能だった。
(……まずいなこれ)
頭の中で冷静に判断する。
このままだと、終わらない。
「……ちょっと待て!」
少し強めに声を張る。
「俺、生徒会戻らないといけないから!」
「は?」
白ヶ崎が反応する。
「今それ関係ある?」
「ある!」
「ないでしょ!」
「あるんだよ!」
強引に流れを切る。
カバンを掴んで、そのまま教室の出口へ向かう。
「じゃあな!」
逃げるように教室を出た。
——はずだった。
「待ちなさいよ!」
背後から声。
「なんで逃げるのよ!」
「逃げてないって!」
振り向く。
そこには白ヶ崎。その少し後ろに、楽しそうな顔の赤坂。
「逃げてるでしょ」
「逃げてない!」
「じゃあなんで行くのよ!」
「だから生徒会だって!」
「今じゃなくていいでしょ!」
「よくない!」
完全に止まらない。
白ヶ崎の勢いは、もう止まる段階を過ぎていた。
「ねぇ真守」
赤坂が横から割って入る。
「ちょっとぐらいいいじゃん」
「よくないです!」
「冷たいなぁ」
軽く腕を絡めてくる。
「やめてくださいって!」
「やだ」
さらに距離が近くなる。
「ちょっと赤坂先輩!?」
白ヶ崎が噛みつく。
「何してるの!?」
「え?スキンシップだけど」
「意味わかんないんだけど!!」
一気にヒートアップする。
(やばい、完全に悪化してる)
どうにかしようとした、その時。
「……楽々浦くん」
静かな声。
背筋が、ぞくっとした。
振り向く。
廊下の少し先。
そこに立っていたのは——葵だった。
「……」
一瞬、時間が止まる。
葵の視線が、ゆっくりとこちらに向く。
その先にあるのは。
白ヶ崎に腕を引かれ、赤坂に抱きつかれている真守の姿。
「……なにしてるの?」
感情のない声。
冷めた目。
「いや、これは——」
言い訳をしようとする。
だが、その前に。
「最低」
短く、吐き捨てる。
「え?」
「生徒会室に、戻る気あるの?」
冷たい。
今まで見たことのないくらい、温度のない声だった。
「ちょっと待ってください、これは——」
「言い訳いいから」
被せられる。
「見れば分かるでしょ」
「……」
何も言えなくなる。
「楽々浦くんって、そういう人だったんだ」
小さく言う。
その一言が、やけに刺さった。
「違います!」
思わず声が出る。
「ほんとに違くて——」
「いい」
遮られる。
「もういい」
その言い方は、完全に拒絶だった。
「……」
葵は一瞬だけ視線を逸らして、それから背を向ける。
「私だけ戻るから」
それだけ言って、歩き出す。
「……待ってください!」
追いかけようとする。
でも——
「……」
白ヶ崎と赤坂が、動かない。
「……」
さっきまでの勢いは消えていた。
二人とも、驚いた顔をしている。
「……やば」
赤坂が小さく呟く。
「今の、ガチで怒ってるやつだね」
「……」
白ヶ崎も、何も言えない。
あの葵の表情は、それほどだった。
「……行きなよ」
赤坂が言う。
「これは、さすがに」
「……うん」
白ヶ崎も頷く。
「ちゃんと話してきなさいよ」
その言葉に背中を押される。
「……行ってきます」
そう言って、真守は走り出した。
⸻
生徒会室の扉を開ける。
「……」
静かだった。誰もいない。
いや——
一人だけ。窓際に、葵が立っていた。
夕方の光が差し込んで、影が長く伸びている。
その中に、葵の姿が溶け込んでいた。
「……来たんだ」
振り向かないまま、言う。
「……はい」
ゆっくりと中に入る。
扉を閉める音が、やけに大きく響いた。
「……」
少し、間が空く。
何から言えばいいのか分からない。
「……あの」
口を開く。
「さっきのは——」
「別にいいよ」
また、遮られる。
「でも」
一歩、踏み出す。
「ちゃんと説明させてください」
「……」
沈黙。
葵は、何も言わない。それでも続ける。
「本当に、あれは違くて」
「……」
「俺、そんなつもりじゃ——」
「ねぇ」
初めて、声のトーンが変わる。
少しだけ低くて、少しだけ揺れている。
葵がゆっくり振り向いた。
「楽々浦くん」
「……はい」
目が合う。
その表情を見て、言葉が止まる。
怒っているわけじゃない。冷めているわけでもない。ただ——
どこか、悲しそうだった。
「なんで」
小さく、問いかける。
「……なんで、あんな風になるの?」
「それは——」
答えられない。
「……」
葵は一歩近づく。
「私」
少しだけ息を吸って。
「楽々浦くんには、ちゃんとやってほしい」
静かに言う。
「生徒会とか、そういうのもあるけど」
少しだけ視線が揺れる。
「それだけじゃなくて」
「……」
「……私のそばには」
言葉が詰まる。
ほんの一瞬。
それでも、ちゃんと続ける。
「一番に、いてほしい」
空気が止まる。時間が止まる。
その一言だけが、まっすぐに届く。
「……」
何も言えない。
頭が真っ白になる。
さっきまでの騒がしい教室の出来事が、嘘みたいだった。
「……あ」
葵自身も気づいたように、目を見開く。
「……ごめん」
少しだけ顔を逸らす。
「今の、忘れて」
「……」
「変なこと言った」
小さく笑う。でも、その笑顔はうまく作れていなかった。
「……今日はもう帰るね」
それだけ言って、葵は真守の横を通り過ぎる。
止められない。
声が出ない。
扉が開いて、閉まる。その音だけが残る。
「……」
静かな生徒会室。夕焼けだけが、部屋を染めていた。
「……なんだよ、それ」
ようやく、言葉が漏れる。
理解が追いつかない。
感情も追いつかない。
ただ——
胸の奥だけが、妙にざわついていた。
真守はその場に立ち尽くしたまま、しばらく動くことができなかった。




