66話 俺×日常=騒がしすぎます。
「……っ、きつ……」
思わず本音が漏れる。
机の上には山積みの書類。
視界に入るだけで嫌になる量だった。
「楽々浦くん、手止まってる」
「すみません……」
すぐに指摘が飛んでくる。
隣では葵が、淡々とペンを走らせていた。
一切迷いのない手つきで、次々と処理していく。
「ここ、計算違ってる」
「あ、本当だ……」
「ちゃんと確認して」
「はい……」
逃げ場がない。
生徒会室の空気は相変わらず無駄がなく、静かで、そして重い。
軽く見ていたわけじゃない。それでも、この量と責任は想像以上だった。
(……副会長ってこんなに大変なのかよ)
ふと窓の外を見る。
校庭では、生徒たちが騒いでいた。
笑い声が響き、どこか浮ついた空気が広がっている。
夏休み前特有の、あの感じ。
「……いいな」
小さく呟く。
「なにが?」
「なんでもないです」
視線を戻す。自分はこっち側だ。
そう言い聞かせるように、またペンを動かした。
⸻
ようやく解放された頃には、頭がぼんやりしていた。
「今日はここまででいいよ」
「……助かりました」
正直な言葉が出る。
「じゃあ、俺一回教室戻ります」
「うん。最後の報告書が終わってないから、ちゃんと戻ってきてよ?」
「はい」
軽く会釈して、生徒会室を出る。
廊下に出た瞬間、ようやく息が抜けた。
(疲れた……)
そのまま、自分の教室へ向かう。
扉を開けた瞬間、空気が変わる。
「おーい!!」
真っ先に飛んできたのは、聞き慣れた声だった。
「楽々浦ァ!!」
「うるせぇよ神宮丸」
席に向かいながら返す。
「久しぶりじゃねぇか、生徒会様よぉ!」
「その呼び方やめろ」
軽口を叩きながらも、どこか安心している自分がいた。
(……やっぱこっちの空気、楽だな)
「でさ」
神宮丸がにやつく。
嫌な予感しかしない。
「夢百合先輩と付き合ってんの?」
「は?」
思考が一瞬止まる。そして、すぐに否定する。
「そんなわけないだろ」
「でも距離近くね?」
「仕事だからだよ」
言い切る。
つもりだった。
「……まぁ、普通に綺麗な人だとは思うけど」
余計な一言が漏れる。
「お?」
神宮丸が食いつき、空気が変わる。
「……真守くん」
横から低い声。
振り向くと、白ヶ崎がいた。
「今の、何?」
「え?」
「綺麗だと思うって何?」
「いや、そのままの意味だけど」
「ふーん?」
明らかに機嫌が悪い。
言葉よりも、視線の方が強い。
「別にいいけど?」
「いや良くないだろそれ」
「いいって言ってるでしょ?」
頬がわずかに赤い。
完全に分かりやすいやつだった。
そこに神宮丸が追い打ちをかける。
空気は一気に崩れた。言い合いが始まり、周囲も巻き込まれていく。
「……ちょっと待てって!!」
真守が割って入る。
まとまりかけたところで——
「じゃあさ」
神宮丸が懲りずに続ける。
「白ヶ崎って楽々浦のこと好きなの?」
「は?」
一瞬で、空気が凍る。
次の瞬間——
「はぁ!?なに言ってんのよ!!」
完全にブチ切れた。
さっきまでとは比べ物にならない勢いで、教室が一気に騒がしくなる。
「誰がこんなやつ!!」
「おい聞こえてるぞ!」
「聞こえればいいのよ!!」
完全に崩壊。
収拾がつかない。
「……は?」
その時だった。
背中に、柔らかい感触。
「真守〜」
聞き覚えのある声。
「なっ!?」
振り向く間もなく、後ろから抱きつかれる。
「会いたかった〜」
「赤坂先輩!?」
「正解〜」
ぎゅっと腕が回される。
抵抗する間もなく、距離が一気に縮まる。
教室の空気が、止まった。
「……」
「……」
「……は?」
白ヶ崎の声。
次の瞬間、再び爆発する。
「なんでそうなるのよ!!」
「俺のせいじゃない!!」
「説明して!!」
「できるか!!」
完全にカオスだった。
声が飛び交い、視線がぶつかり、収拾の気配は一切ない。
その中心で——
「……」
真守はただ、呆然と立ち尽くしていた。
教室は、いつも以上に騒がしかった。
でもそれがなんだが、とても心地よくて少し嬉しかった。




