65話 俺×新体制=軽すぎませんか。
生徒会室の空気は、昨日とは違っていた。
いや、正確には——
同じように整っているのに、どこか“新しい”空気が混ざっている。
席に座りながら、真守は静かに周囲を見渡した。見慣れた顔ぶれの中に、いくつかの“知らない顔”がある。
それが、新生徒会。
「……」
胸の奥に、小さな違和感が残る。
祇園の姿は、やっぱりない。
昨夜の公園での出来事が、頭をよぎる。
泣いていた姿。
震えていた声。
——半分、辞めさせられたようなもの。
「……」
軽く息を吐く。
納得はしていない。むしろ、はっきりと嫌悪感があった。
あの会長のやり方に。
けれど——
それを口に出すほど、真守は愚かじゃなかった。
ここで何か言ったところで、何も変わらない。
それどころか、自分の立場が悪くなるだけだ。
だから、飲み込む。全部、心の中に押し込める。
「それじゃあ」
会長の声が、場の空気を切り替えた。
「新生徒会の顔合わせといこうか」
軽い調子。まるで何事もなかったかのように。
「まずは庶務から」
その一言で、一人の男子生徒が前に出る。
床を踏む音が、やけに重い。
「2年A組、山影 武尊だ」
低く、よく通る声。
その姿は、三宝と並べても違和感がないほどの体格だった。肩幅が広く、腕も太い。制服の上からでも分かるほど鍛えられている。
「よろしく頼む」
短い。それだけなのに、妙な圧がある。
(……強そうだな)
単純な感想が浮かぶ。
隣に三宝がいるせいで、余計に“この学校どうなってるんだ”という気持ちになる。
「次は会計」
今度は、静かに一人の女子生徒が前に出た。
「2年A組、坂下 絢音です」
柔らかい声。
動きも無駄がなく、どこか品がある。
長い黒髪を揺らしながら、軽く頭を下げるその姿は、いかにも“お淑やか”という印象だった。
「よろしくお願いします」
それだけ。控えめな自己紹介。
けれど——
「……」
なぜか、ほんの少しだけ引っかかる。
表情は穏やかで、声も優しい。
なのに、その奥に何かが隠れているような。
(……気のせいか?)
すぐに思考を切る。
深く考えるほどの材料はない。
「続いて書記」
会長の言葉に合わせて、次の人物が前に出る。
「1年A組、黒ヶ峰姫花です」
その名前を聞いた瞬間。
「……え」
思わず声が漏れそうになる。
(黒ヶ峰……?)
顔を上げる。
そこにいたのは、間違いなく見覚えのある人物だった。
(なんでここに——)
一瞬だけ目が合う。
だが、黒ヶ峰は何事もなかったかのように視線を逸らし、凛とした表情のまま前を向いた。
まるで——
最初から他人であるかのように。
「よろしくお願いします」
淡々とした挨拶。それ以上も、それ以下もない。
「……」
真守は何も言わない。言えない。
(知らないふり、か)
それなら、こちらも合わせるしかない。
「そして」
会長の声。
「副会長」
その名前は、言うまでもなかった。
「2年A組、夢百合葵です」
一歩前に出る。
その立ち姿だけで、場の空気が少し引き締まる。
「改めてよろしくお願いします」
軽く、自然な口調。だが、その余裕は明らかだった。
もう“決まっている”人間のそれ。
「楽々浦くん、ちゃんと見ててね」
ちらりとこちらを見る。
「は、はい」
思わず背筋が伸びる。
敬語になる。それが自然だった。
「それじゃあ、以上だね」
会長が軽く手を叩く。
「各自、自分の担当の先輩について仕事を覚えていってくれ」
シンプルな指示。
だが、それだけで全員が動き出す。
山影は三宝の方へ。
坂下は神楽坂の元へ。
黒ヶ峰は池鶴の横へ。
「……」
流れが早い。無駄がない。
まるで、最初からこうなることが決まっていたかのように。
真守も動こうとした、その時。
「……ああ、そうだ」
会長が、ふと思い出したように声を上げた。
「楽々浦君」
「はい?」
名前を呼ばれそのまま、軽く手招きされる。
「ちょっと前に出てくれるかな」
「……え?」
意味が分からないまま、前に出る。
全員の視線が集まる。
(なんだこれ)
妙な緊張感。
「彼を紹介しておこう」
会長が穏やかに笑う。
「時期、生徒会長だ」
「……は?」
思考が止まる。
「この楽々浦真守君が、次の生徒会長になる予定だからね」
軽い口調。あまりにも軽く。
「え?」
「は?」
「……え?」
ざわつく空気。新メンバーたちの反応が一斉に揺れる。
当然だ。
当の本人が、一番理解していない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わず声が出る。
「俺、そんな話——」
「大丈夫、大丈夫」
会長が軽く手を振る。
「向いてるよ、君は」
「いや、そういう問題じゃ——」
「だから、みんな」
会長が周囲を見る。
「優しくしてあげてね」
にこやかに言い放つ。
完全に決定事項だった。
「……」
空気が固まる。
山影が無言でこちらを見る。坂下が静かに目を細める。黒ヶ峰は——何も言わない。
葵だけが、少しだけ面白そうに口元を緩めていた。
「……はは」
会長が小さく笑う。
そして、真守の方に少しだけ顔を寄せる。
「逃げちゃだめだよ?」
囁くように。軽く、茶化すように。
「君ならできる」
その一言だけ残して、離れる。
「……」
背中に冷たいものが流れる。
冷や汗が止まらない。
(なんだこれ……)
状況が一気に変わりすぎている。
「楽々浦くん」
葵が声をかける。
「仕事、やるよ」
「あ、はい……」
反射的に返事をする。
「とりあえずこっち」
自然に手招きされる。
その流れに逆らえないまま、真守は葵の隣へと移動した。
資料を渡され、説明が始まる。
「ここはこうで——」
落ち着いた声。
分かりやすい。
けれど。
「……」
頭に入ってこない。
さっきの一言が、ずっと残っている。
——時期、生徒会長。
「……」
ふと、視線が空いた席に向く。
祇園の席。そこには、誰もいない。
その空白が、妙に大きく感じた。
「楽々浦くん、聞いてる?」
「は、はい!」
慌てて前を向く。
「ちゃんとやってよ?」
「すみません……」
軽くため息をつかれる。でも、そのやり取りすらどこか現実感がなかった。
新しい体制。
新しい役割。
そして——
自分に与えられた、理解不能な未来。全部が一気に押し寄せてくる。
「……」
それでも。止まることはできない。
流れは、もう動き出している。
(この先、どうなるんだよ……)
生徒会室の中で。
真守はただ、流されるようにその一歩を踏み出していた。




