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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第二章 俺×鐘の音=不幸が聞こえます。〜不幸の手紙編〜
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62話 俺×平穏=信用できません。

平和に小鳥が囀る朝。


カーテンの隙間から差し込む光に照らされ、ゆっくりと意識が浮かび上がっていく。


「……」


ぼんやりと天井を見つめたまま、しばらく動けなかった。


静かだ。

あの騒がしかった夜が、嘘みたいに感じるほどに。


「……戻った、か」


小さく呟いて、ゆっくりと体を起こす。


ここ最近の生活は、正直言って異常だった。

襲撃事件をきっかけに始まった、半ば同居のような状態。最初は一晩だけのはずだったそれが、気づけば数日、さらに一週間と続いていた。


けれど——それも、ようやく終わりを迎えた。


「そろそろ大丈夫でしょ」


そんな何気ない一言をきっかけに、皆それぞれ自分の部屋へと戻っていった。


最初に帰ったのは赤坂だった。


「また来るね、真守!」


あまりにもいつも通りで、名残惜しさなんて一切感じさせない軽さだったのが、逆に赤坂らしい。


その次に白ヶ崎。


「……別に、もう用はないし」


そう言いながらも、帰る直前までどこか落ち着かない様子だったのが印象に残っている。


そして最後に夢百合姉妹。


「何かあったら、すぐ呼んでね」


いつもより少し柔らかい口調でそう言って、静かに部屋を出ていった。


「……」


全員がいなくなった部屋は、驚くほど広く感じた。


ようやく元の生活に戻ったはずなのに、不思議と胸の奥に何かが引っかかる。

安心しているはずなのに、どこか落ち着かない。


その理由は——多分、分かっている。


「……終わった、んだよな」


あの一連の事件は、生徒会によって抑え込まれた。それも、あまりにもあっさりと。

誰もがそう言っているし、実際それ以降は何も起きていない。


なのに。


「……こんなに、綺麗に終わるか?」


ぽつりと零れた言葉は、やけに重く感じられた。

まるで——最初から“なかったこと”にされたみたいに。



支度を済ませて外に出ると、空気は驚くほど穏やかで、何もかもが普段通りだった。


通学路も、校門も、見慣れた景色のまま変わらない。

すれ違う生徒たちの会話も明るく、あの騒ぎの気配はどこにもなかった。


「最近平和だよな」

「ほんとそれ。あの騒ぎなんだったんだよ」

「生徒会が全部片付けたらしいぞ」


——やっぱり。


「さすが会長って感じだよな」


その言葉に、思わず足が止まりかける。

けれど何も言わず、そのまま歩き出した。


確かにすごいとは思う。

あれだけの問題を、ここまで綺麗に収めたのだから。でも——胸の奥の違和感だけは、どうしても消えなかった。


教室の扉を開けると、いつも通りの喧騒が広がっていた。


「お、来た来た」


神宮丸がこちらに気づく。


「今日はちゃんと来たな」


「普通じゃなかった日が多すぎるだけだ」


軽く言い返しながら席に着く。

教室の空気は変わらない。笑い声や雑談が自然に耳に入ってくる。

その中で、不意に横から声がかかった。


「ねえ、真守くん」


「……白ヶ崎さん」


振り向くと、いつも通りの少しツンとした表情。


「体調、大丈夫?」


「ああ、問題ないよ」


「そう。ならいいけど」


そっけない言い方だったが、その視線は一瞬だけこちらを気にするように揺れていた。


「……何か言いたそうだな」


「別に」


即答。

けれど少しだけ間を置いてから、


「ただ……油断しないでよね」


小さくそう付け加える。


「……分かってる」


短く返すと、白ヶ崎はそれ以上何も言わず前を向いた。そのやり取りに、ほんの少しだけ気が緩む。

すると、後ろから明るい声が飛んできた。


「真守ー!」


振り向くと、赤坂が満面の笑みでこちらを見ていた。


「なんか久しぶりって感じするね!」


「昨日会ったじゃないですか」


「それとこれとは別なの!」


相変わらずのテンションに、思わず苦笑する。


「……元気ですね」


「当たり前じゃん!」


本当に、何も変わっていない。

——いや、“変わっていないように見える”だけかもしれない。


「……」


ふと、教室全体を見渡す。


違和感は、やっぱりあった。誰も気にしていない。あの騒ぎのことも、巻き込まれたはずの生徒のことも。


まるで最初から“何もなかった”みたいに。


視線が自然と窓際の席に向く。

確か、あのとき——


「……普通、か」


表情も、様子も、何一つ変わっていない。

むしろ、何も“なさすぎる”。


昼休み。


屋上に出ると、少し冷たい風が頬を撫でた。

隣には葵が立っている。


「……どう思いますか?」


葵は少しだけ空を見上げてから、ゆっくりと口を開いた。


「……綺麗すぎるかもね」


「……ですよね」


思わず苦笑が漏れる。


「全部、収まりすぎてる気がする」


「……」


「まるで——」


そこまで言いかけて、葵は一度言葉を切る。

そして、小さく息を吐いてから続けた。


「最初から、何もなかったみたいな」


「……」


その表現は、あまりにも的確だった。


「気のせい、かな」


「……どうでしょう」


曖昧な答え。

けれど、それが一番正しい気がした。



放課後。

帰り道で、それぞれが別れていく。


「じゃあね、真守!」


赤坂が手を振る。


「また明日ね」


白ヶ崎は振り返らずにそう言う。


「……またね」


葵が最後に微笑んだ。


「……はい」


それぞれがそれぞれの方向へ歩いていく。


再び、一人になる。

静かな帰り道。その途中で、ふと足が止まった。


「……」


妙な感覚。

誰かに見られているような気がする。


振り返る。


「……誰もいない、か」


そう思いかけた、その瞬間。

校舎の上階。窓の向こうで、一瞬だけ視線が合った。


「——」


すぐに、その姿は消える。


「……」


息が詰まる。

あの距離でも分かる。


「……会長」


間違いない。


そして——


その表情は。優しく、穏やかで。

それでいて。どこまでも底が見えなかった。


「……やっぱり」


小さく呟く。


「終わってないだろ」


平穏は戻った。日常も戻った。

けれど——


何かだけが、確実に残っている。


むしろ。

より深く、潜っただけだ。

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