61話 俺×居座り=収拾がつきません。
「——はい、かんぱーい!」
「いやなんの乾杯だよ」
真守のツッコミをよそに、真希那が勝手にグラスを掲げる。
「お疲れ様会に決まってるでしょ〜。今日は頑張ったもんね、まー君」
「俺だけじゃないだろ」
「みんな頑張った!だから飲む!」
「飲むな」
「飲む!」
「聞けよ」
そんなやり取りをしながらも、テーブルの上には簡単な料理と飲み物が並んでいた。
真希那が作った料理に、赤坂が持ってきたお菓子。奏は無言で席につき、葵は少しだけ遠慮がちに座っている。
「……いただきます」
「いただきまーす!」
「いただきます」
それぞれが手を伸ばす。
少しだけぎこちなかった空気も、すぐに崩れた。
「これ美味しい!」
赤坂が目を輝かせる。
「でしょ?私の特製」
「真希ねぇ、普通に料理うまいよな」
「でしょ〜?」
すぐに調子に乗る。
その横で。
「……楽々浦くん」
葵が小さく呼ぶ。
「はい」
「さっきは、ありがとう」
「……いえ」
少し照れる。
「助かりました」
「それはこっちのセリフ」
軽く笑う。
そのやり取りを——
じっと見ている視線。
「……」
奏だった。
「……なに」
「別に」
短く返す。
「距離近い」
「普通だろ」
「普通じゃない」
「なんでだよ」
会話が混ざる。
「ちょっと待って」
赤坂が笑いながら口を挟む。
「なんか思ったより仲良いね?」
「よくない」
「よくないです」
なぜか二人同時。
「え、揃うんだ」
さらに笑う。
そんなやり取りが続いていく。騒がしくて、まとまりがなくて。
でも——
どこか、安心する空気だった。
「……」
真守はふと、それを感じていた。
さっきまでの緊張が、嘘みたいにほどけている。ただの、普通の時間。それが、やけに大事に思えた。
そのとき。
ピンポーン。
「……?」
インターホン。
モニターを見ると、白ヶ崎。
「……うるさい」
ドアを開けた瞬間、それだった。
「さっきから騒がしいんだけど」
そして部屋の中を見て——止まる。
「……は?」
「違う」
「何が」
「全部」
「意味わかんない」
そのまま軽く睨まれる。
「真守くん」
「はい」
「ちょっと見損なった」
「だからなんでだよ!?」
慌てて説明する。
事件のこと。護衛のこと。今の状況。
「……」
白ヶ崎はしばらく黙っていたが、
「……まあ、事情はわかった」
と、小さくため息をつく。
「でも油断しすぎ」
「……すみません」
そのとき。
「私、一回戻ろうと思ってたんだけどさ」
赤坂が言う。
一瞬、視線を巡らせて。
「……やっぱ泊まる」
「なんでだよ!?」
「この状況で帰る方が不安でしょ!」
勢いだった。
そして。
「……私も泊まる」
白ヶ崎がぽつりと呟く。
「え?」
「心配だから」
少しだけ目を逸らす。
「……別に、あんたのためじゃないけど」
「いやもうそういうやつだろそれ」
結果。
「……増えすぎだろ」
真守は頭を抱えた。
夜になった。騒がしかった時間が終わり、部屋は静まり返っていた。
笑い声の余韻だけが、まだ少し残っている。
真守は1人、ベランダから静かにリビングに戻る。そして、順番に部屋を確認していく。
奏はきっちりベッドで寝ていた。
真希那は布団を蹴っていたので、かけ直す。
それが終わって、最後に自分の部屋へ戻る。
扉を開ける。
「……」
一瞬、言葉が止まった。
ベッドの横の布団に——三人。
葵、白ヶ崎、赤坂。
しかも。
別室から持ってきたであろう布団が敷かれている。
「……なんでだよ」
思わず呟く。
部屋は余っている。
なのにわざわざここに集まっている。理由を考えるまでもなく、なんとなくわかる気がした。
「……」
ゆっくりと近づく。
一番近くにいるのは——葵。
ベッドの端、真守の位置に一番近いところで眠っている。呼吸は穏やかで、表情も柔らかい。
少しだけ距離を詰めれば、触れてしまいそうなほど近い。
「……」
視線が、そのまま止まる。
その隣に、白ヶ崎。
少しだけ距離を取っているけれど、それでも同じ空間にいる。いつものツンとした雰囲気はなくて、ただ静かで、綺麗だった。
さらにその奥に、赤坂。
完全に無防備で、安心しきった顔で眠っている。
三人の寝息が、ゆっくりと重なる。
静かに。穏やかに。
その空気の中に立っているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
同時に——
少しだけ、怖くなる。
この時間は、当たり前じゃない。今日みたいなことが、また起きるかもしれない。
この空気は、簡単に壊れるかもしれない。
「……」
それでも。
守りたい、と思った。
理由なんて考えるまでもなく、自然に。
この光景を。
この時間を。
この、なんでもない日常を。
「……」
真守は静かに毛布をかける。
三人を起こさないように、そっと。そのまま、少しだけその場に立ち尽くす。ただ見ている。
眠っている三人を。
この時間が続けばいいと、心のどこかで願いながら。やがて、小さく息を吐いて、ゆっくりと後ろへ下がる。
扉を閉める音が、やけに優しく響いた。
静かな夜の中で。
その余韻だけが、長く残っていた。




