59話 俺×作戦開始=終わらせます。
何か覚悟を決めたように、真守は学校へ向かう準備をする。
「……」
いつもと同じはずの景色。なのに、どこか違って見えた。
(……妙だな)
不安がある。
今日は“来るかもしれない日”。
それなのに——
少しだけ、胸が高鳴っている。
「……なんでだよ」
自分でもよくわからない。
そのとき。
「おはよう、楽々浦くん」
葵が隣に並ぶ。
今日はいつもの髪型。編み込みと上げた前髪。それでも、どこか昨日とは違う気がした。
「おはようございます」
自然に返す。
「緊張してる?」
「……してます」
正直に言う。
「でも、なんか」
少しだけ笑う。
「ちょっと楽しみでもあります」
「……変わってるね」
葵も、少しだけ笑った。
その後ろから。
「楽しむ余裕あるなら大丈夫でしょ」
奏が腕を組んで言う。
「油断しなければ問題ない」
「おはようございます」
「うん」
短く頷く。
そして——
「おはよ!」
赤坂が軽く手を振る。
「今日はちゃんと守るからね」
「頼りにしてます」
「任せなさい」
四人で並ぶ。
どこか、いつもと違う空気。
けれど——
悪くなかった。
何も起きないまま、時間が過ぎて放課後になる。
「……静かだね」
葵がぽつりと呟く。
「嵐の前ってやつかもね」
赤坂が軽く言う。
「……」
真守は小さく息を吐く。
そして——
生徒会室。
「……揃ったね」
アリスがゆっくりと口を開く。いつものおどおどした雰囲気だが、どこか違う。
「作戦を確認する」
静かに続ける。
「葵さんは単独で下校」
「……はい」
「赤坂さんが最初に対応」
「了解」
「対応できない場合」
視線が動く。
「楽々浦くんと奏さんが介入」
「……はい」
「問題ない」
「そして」
一拍。
「戦闘が始まった時点で、私は警察に連絡する」
「……」
真守は小さく頷いた。
「……行こうか」
下校時間。人気のない通路に、靴音だけが静かに響いていた。
葵が一人で歩く背中を、一定の距離を保って追う。視界の端には奏、さらに離れた位置に赤坂の気配。
何も起きていないはずなのに、空気だけが妙に重い。
その違和感が、先に来た。
黒い車が音もなく滑り込むように止まる。
ドアが開いた。
複数の足音。
同じ速度、同じリズムで近づいてくるそれは、明らかに“慣れている動き”だった。
その中に——ひとつだけ、異質な気配が混じる。
重心が低い。揺れない。視線だけで周囲を測っている。
一瞬でわかる。
(……あいつ、違う)
赤坂は作戦通り葵の前に立ち、構える。その姿を見た男たちが一斉に襲いかかってきた。
次の瞬間、空気が弾けた。
赤坂が踏み込む。
速い。音が遅れてついてくるほどの踏み込み。最短距離で間合いを詰め、そのまま打撃を叩き込む。
だが。
止められた。
乾いた衝突音が響く。受けた男の腕は微動だにせず、衝撃だけがその場に残る。
すぐに反撃が来る。
重い。
ただ振るっただけの一撃なのに、空気ごと押し潰すような圧がある。
赤坂が身体を流す。紙一重でかわしながら、そのまま軸をずらして蹴りを返す。
一人が崩れる。
だが、すぐに次が入る。
囲まれる。
視界の端で、複数の影が連動する。前を塞ぎ、横から入る。完全に連携されている動き。
赤坂の動きが、わずかに止まる。
そこに、圧が重なる。
押し切れない。
そう感じた真守たちも急いで応戦する。怖い気持ちがあり、少し足が震えるがなんとか前に出る。
その瞬間だった。
横から一人が真守に向かってくる。
反応が遅れた。避けようとして、足がもつれる。
体勢が崩れる。
(やば——)
倒れ込む、その直前。
伸びた腕が、偶然の軌道で相手の顎を捉えた。
鈍い音。
男の身体が、そのまま崩れる。
「……は?」
思考が追いつかないまま、次が来る。
今度は無理やり踏ん張る。
避ける。
滑る。
その流れで、もう一度拳が出る。
当たる。
もう一人、崩れる。
(なんでだよ……!)
理解する暇もないまま、その横を、影が通り抜ける。
奏だった。
一切の無駄がない。踏み込みは浅いが、それでも届く。急所だけを、正確に撃ち抜く。
一撃。
沈む。
二撃目。
抵抗すらさせない。
その動きには迷いがなかった。相手を“倒す対象”としてしか見ていない、冷たい処理のような動き。
なんとか押し切れそうな雰囲気になってきた、そんな時、空気が変わった。
冷たい、息が詰まるような圧。その中心で、赤坂と“あの男”がぶつかっていた。
速度が一段上がる。
踏み込み、受け、流し、返す。
音が重なる。
拳が空気を裂き、衝撃が地面に伝わる。
互いに一歩も引かない。
だが——
わずかに、差が出始める。
赤坂の動きが、変わる。呼吸を合わせ、間合いを詰め直す。そして、相手の癖を拾う。
一瞬。
ほんのわずかな隙。
そこに、踏み込む。
——一撃。
——もう一撃。
相手の体勢が崩れた瞬間、最後の打撃が正確に入る。
鈍い音が響き、男の身体が力なく落ちた。
静寂。
次の瞬間、遠くからサイレンが近づいてくる。
一気に、空気が緩む。
戦いは、終わった。
——はずだった。
視線が自然と動く。
黒い車。エンジン音だけが、まだ残っている。
ゆっくりと近づくが、スモークガラスの向こうは見えない。
だが。
ほんの一瞬だけ、影が動いた。
そして——
「……あははっ」
かすかな声。
(……また逃げられた)
背筋が、ぞくりとする。
次の瞬間、車が滑るように発進した。
一瞬で距離を取る。
追えない。ただ、その場に違和感だけを残していった。




