表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第二章 俺×鐘の音=不幸が聞こえます。〜不幸の手紙編〜
PR
58/224

57話 俺×夜風=少しだけ近づいてしまいます。

シャワーの音が、部屋の奥から響いていた。

広いリビングには、湯気の余韻と静けさが混ざっている。


「……」


真守はソファに座りながら、なんとなく落ち着かない気持ちで待っていた。


この状況自体が、そもそもおかしい。

自分の部屋に、女の子が三人。

しかも一人は姉で、もう一人は先輩で、その姉までいる。


なんでこうなったのか、考えても答えは出ない。


そのとき、ガチャ、とドアが開く音がした。


「お待たせ」


最初に出てきたのは葵だった。


「……」


真守の思考が、一瞬止まる。


いつもは、前髪を上げて整えられている髪。

編み込みも入っていて、どこか鋭い印象すらあるそのスタイル。


けれど今は——


それが、すべて下ろされていた。

前髪も自然に額にかかり、サイドもそのまま落ちている。

少し濡れた髪が、肩に沿って揺れる。


まるで別人だった。


「……あ」


思わず、声が漏れる。

葵が小さく首をかしげる。


「どうかした?」


「いや……その」


視線が定まらない。


「いつもと、全然違うなって」


「……そっか」


葵は少しだけ照れたように笑った。


「こっちの方が、変じゃない?」


「いや」


反射的に否定する。


「むしろ……」


一瞬、言葉を選ぶ。


「……こっちの方が、いいと思います」


「……」


葵の目が、少しだけ見開かれる。それから、ふっと視線を逸らした。


「……そっか」


小さく、嬉しそうに呟く。

そのとき——


「次のシャワーあたしねー」


「葵の後は私に決まってんだろ!」


真希那と奏の声が奥から聞こえてくる。

空気が一気に現実に戻された。


しばらくして、全員がリビングに集まっていた。テーブルの上には、飲み物と軽いお菓子。


そして——


「はい、これ」


真希那が一本の缶を奏に差し出す。


「……ノンアル?」


奏が眉をひそめる。


「そうそう。雰囲気だけでも味わえば?」


「……」


少しだけ迷う。

真守はその様子を見て、すぐに口を挟んだ。


「いや、奏先輩、それでもやめといた方が——」


「ノンアルなんでしょ」


奏が淡々と返す。


「なら問題ない」


「いや、そうですけど」


なんとなく嫌な予感がする。


「……まあ、いいか」


奏は缶を開けた。


シュッ、という軽い音。一口、飲む。


「……」


少しだけ間が空く。


「どうですか」


真守が聞くと、奏は真顔のまま言った。


「……悪くない」


「でしょ?」


真希那が満足げに笑う。自分は普通にアルコールを飲んでいた。


「まーくんも飲む?」


「飲まない」


即答だった。


「えー、つまんない」


「状況考えろ」


「楽しいじゃん」


「どこがだよ」


そんなやり取りをしている間にも、奏は少しずつ飲み進めていた。


そして——


数分後。


「……」


様子がおかしい。


「奏先輩?」


真守が声をかける。

奏は少しだけ視線を揺らした。


「……なんか」


ぽつりと呟く。


「ふわっとするな」


「するわけないです」


即座に否定する。


「ノンアルなんで」


「……そうか」


納得したのかしてないのか、よく分からない返事。そのまま、もう一口飲む。


「……」


「……」


「……大丈夫だ」


突然、言い出す。


「私は酔ってない」


「いや酔ってないですけど」


「大丈夫だ」


同じことを繰り返す。明らかにおかしい。

その隣で、真希那は普通に飲んでいる。


「この子弱いねー」


「弱くない」


奏が即座に反応する。


「これは……気のせいだ」


「うんうん」


全然信じてない返事。


数秒後。


「……」


奏の体が、ふっと横に傾いた。


「ちょ、先輩」


真守が支えようとするが——


「……寝た」


あっさりだった。


「早すぎだろ」


真守は呆れる。

その横で。


「……」


葵も、静かにソファにもたれていた。


「葵先輩?」


返事がない。


「……こっちもかよ」


どうやら緊張が抜けて、そのまま寝てしまったらしい。


そして。


「……」


真希那も、グラスを持ったまま目を閉じていた。


「真希ねぇ?」


「……んー……」


返事はあるが、ほぼ寝ている。みんながリビングに集まる前に、先に飲んでいたから仕方ない。


もう、完全に潰れかけていた。


「……なんなんだこれ」


さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、静かになる。広いリビングに、寝息だけが響く。


「……はぁ」


真守は小さく息を吐いた。


とりあえず、三人に毛布をかけ、そのまま少しだけ離れる。


窓の外を見る。

夜は、もう完全に深くなっていた。そして、なんとなくそのまま、ベランダに出た。


夜風が、少しだけ冷たい。静かな空気。

遠くの街の灯りが、ぼんやりと広がっている。


「……」


真守は手すりに寄りかかる。

今日一日の出来事を思い返す。全部、現実味がなかった。


そのとき。

後ろで、小さく扉が開く音がした。


「……楽々浦くん」


振り返ると、そこに葵が立っていた。


「……すみません、起こしちゃいましたか?」


「ううん」


葵は首を横に振る。


「なんとなく、目が覚めただけ」


少しだけ眠そうな声。けれど、その表情はさっきよりも落ち着いていた。


「寒くないですか」


「大丈夫」


そう言って、ゆっくりと隣に来る。

自然な距離。さっきより、少しだけ近い。


「……静かだね」


「ですね」


短いやり取り。風の音だけが、間を埋める。


少しの沈黙。


「……楽々浦くん」


「はい」


「怖くないの?」


その問いに、真守は少しだけ考える。


「……怖いですよ」


正直に答える。


「何が起きるか分からないし」


「……そっか」


葵は小さく頷く。


「私も、ちょっと怖い」


その声は、昼間よりもずっと弱かった。


「でも」


少しだけ、間を置く。


「さっきよりは、大丈夫かも」


「……?」


真守が見ると、葵は少しだけ笑った。


「こうして話してると、少し落ち着くから」


「……そうですか」


うまく返せない。けれど、少しだけ胸の奥が温かくなる。


「……楽々浦くんってさ」


葵がぽつりと呟く。


「なんか、不思議だよね」


「え?」


「巻き込まれてばっかりなのに」


少しだけ笑う。


「一緒にいれば、なんとかなるかもって」


「……」


言葉に詰まる。

そんなこと、考えたこともなかった。


「だから」


葵が少しだけ視線を落とす。


「近くにいたいって、思ったのかも」


ほんの一瞬。

空気が、静かに揺れる。


「……」


真守は、何も言えなかった。言葉にしたら、何かが変わりそうで。


ただ、隣に立っている。距離は近い。けれど、触れてはいない。


それでも——


さっきより、確実に近くなっていた。


夜風が、二人の間をすり抜ける。遠くで、車の音が小さく響く。そのすべてが、やけにゆっくりと感じられた。


この静けさの先に、何かが待っている。

そんな予感だけが、胸の奥に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ