54話 俺×静かな違和感=少しだけ気づき始めています。
あれから、何も起きないまま、一週間が過ぎようとしていた。
あまりにも、静かすぎる日常。それが逆に、どこか落ち着かない。
「……はぁ」
真守は、生徒会室で小さく息を吐いた。
ここ数日、毎日のように三宝の“仕事”を手伝っている。
呼び出し、確認、選定——そして制裁。
「楽々浦、次はこいつや」
「……はい」
淡々と資料を受け取る。
慣れてきたとはいえ、さすがに少しだけうんざりしていた。
ただ、
(……あれ)
ひとつだけ、引っかかることがある。
「三宝先輩」
「なんや」
「制裁受けた人って……全員退学じゃないんですね」
「ん?」
三宝は軽く笑う。
「そらそうやろ。内容次第や」
「……そうなんですね」
思っていたよりも、極端ではない。
すべてが終わるわけじゃない。
(……じゃあ、この役割って)
そこで、ふと気づく。
自分がやっているのは、
「選んでる……だけか」
ぽつりと呟く。
処分の重さを決める、その判断材料。その一部を担っているだけ。
「……」
その違和感を抱えたまま、真守は会長の方へ向いた。
「会長」
「どうしたのかな、楽々浦くん」
穏やかな声。
「この仕事……俺じゃなくてもいいんじゃないですか」
静かに言う。
「他の人がやるべきだと思います」
一瞬、空気が止まる。
けれど、
「いいや」
会長はすぐに首を横に振った。
「君じゃなきゃダメなんだ」
柔らかい声音。
だが、その言葉には迷いがない。
「……なんでですか」
「君はね、偏らない」
ゆっくりと続ける。
「感情に流されず、誰に対しても同じ距離で見れる」
「……」
「だからこそ、線引きを任せられる」
静かに微笑む。
「適任なんだよ、楽々浦君」
「……わかりました」
完全には納得しきれない。
それでも、小さく頷いた。
そのとき——
(……なんでだ)
別の疑問が浮かぶ。
(この学校……)
問題が、多すぎる。
真守が口に出す前に、
「この学校はね」
会長が先に口を開く。
「マンモス校だからだよ」
「……え」
思考を読まれたようで、少し驚く。
「人数が多ければ、それだけ問題も増える」
「……」
「表で処理しきれない分を——僕たちが裏で処理している」
静かな説明。
「……なるほど」
納得せざるを得なかった。
「だから、君の役割も必要なんだ」
「……はい」
短く返す。
そのとき。
「会長」
落ち着いた声が入る。
振り向くと、池鶴が書類を持って立っていた。背筋を伸ばし、きちんとした姿勢。
「今月の学級だよりが完成いたしました。ご確認をお願いいたします」
丁寧な口調で差し出す。
「ほう」
会長がそれを受け取る。
ぺらり、とページをめくる。一枚一枚、しっかりと目を通していく。
数秒の沈黙。
「……うん」
満足げに頷いた。
「よくできている。合格だ」
「ありがとうございます」
池鶴は深く頭を下げた。
「引き続き、改善点があれば反映いたします」
「頼もしいね」
会長が軽く微笑む。
「楽々浦君も見るといい」
「あ、はい」
真守は書類を受け取る。
内容に目を通す。行事、部活動、日常の出来事。丁寧にまとめられている。
だが——
(……あれ)
指が止まる。
(……ない)
どこにも書かれていない。
上高の件。あれだけの出来事。
クラスも、学校も巻き込んだはずの問題。
(……なんで)
まるで、存在しなかったかのように。
「……」
小さな違和感が、胸に残る。
「どうかしたのかな?」
会長の声。
「……いえ」
一瞬、言いかけてやめる。
「なんでもないです」
軽く笑って、誤魔化した。
今はいい、そう判断する。
すると、
「では、ちょうどいい」
会長が言う。
「新しい仕事を頼もうか」
「え?」
「校内の見回りだ」
視線が移る。
「神楽坂君と一緒に行ってくれ」
「……はい」
真守は頷く。
部屋の端で、おどおどしていた少女、アリスが、小さく頭を下げる。
「よ、よろしく……お願いします……」
消え入りそうな声。
そして、言われた通りに真守はアリスと二人で見回りに行く。
廊下は、静かだった。放課後の空気が、ゆっくり流れている。
「えっと……こっち、です……」
アリスが小さな声で先導する。
「はい」
その後ろを歩く。
「……」
妙な気配がし、振り向くと、少し距離を取って、葵がついてきていた。
「……どうしてついてきてるんですか?」
「んー……なんとなく、かな」
葵はやわらかく笑う。
「邪魔、だった?」
優しい声。
「いえ、そんなことないです」
少しだけ慌てて否定する。
「ならよかった」
それ以上は何も言わない。
ただ、静かについてくる。
「……」
少し不思議な空気のまま、前を向く。
「神楽坂先輩」
「は、はいっ……!」
アリスの肩がびくっと跳ねる。
「前に言ってたことなんですけど」
「……え?」
「黒ヶ峰さんは違うって」
その言葉にアリスの足が止まる。
静寂。
ゆっくりと振り向く。
夕陽が、その表情を赤く染める。
「……あのね」
小さな声。
おどおどしたまま。それでも、どこか違う。
「私……全部、知ってるの」
ぞくり、とした。
空気が、わずかに変わる。
何かを知っている。
何かを隠している。
そのままそれ以上は、何も語られなかった。




