53話 俺×日常の再開=少しだけ救われる気がします。
自室。
ベッドに腰を下ろしたまま、真守はぼんやりと天井を見上げていた。静かな時間。
けれど、その静けさが逆に落ち着かない。
「ねぇ、真希ねぇ」
少しだけ間を置いて、声をかける。
「んー?」
すぐ隣から、間延びした声が返ってくる。
気づけば、距離がやけに近い。真希那は、いつの間にかベッドの上にいて。当然のように、すぐ横にいた。
「前にさ、視線感じるって言ってたじゃん」
「あー、言ったねぇ〜」
ころん、と寝転がりながら笑う。
「今日はどうなのかなって」
少しだけ真面目な声。
「心配してくれてるの?まーくん」
にやり、と悪戯っぽい笑み。
「……普通に確認してるだけ」
「ふーん?」
じり、と距離が詰まる。
「優しいな〜まーくんは」
「ちょ、近いって」
肩が触れる。
いや、普通にくっついている。
「別にいいじゃん」
「よくない!」
真守は慌てて体を少し離す。けれど、真希那はどこか楽しそうで。
「……で、どうなんだよ」
少し強引に話を戻す。
「んー」
わざとらしく考える仕草。
「今日はね、特に何も感じないかな」
「……そっか」
その一言で、ふっと力が抜けた。胸の奥にあった、見えない緊張がほどけていく。
「なーんだ、そんなに心配してたの?」
「してないし」
即答。
「してたでしょ」
「してない」
「してたって顔してる」
「してないって!」
やり取りに、少しだけいつもの空気が戻る。
くすくすと笑う真希那。
「まあ、何も起きてないならよかったよ」
真守は小さく息を吐いた。
「ふふ、ありがとね、まーくん」
その言い方がやけに優しくて、少しだけ調子が狂う。
「……別に」
視線を逸らす。
それを見て、真希那はまた笑った。
その後、真守は白ヶ崎の部屋へ向かった。ドアの前で一度立ち止まる。
軽く息を整えてから、インターホンを鳴らす。
「白ヶ崎さん……調子どう?」
インターホン越しに、静かに声をかけた。
「あ……真守くん」
ベッドから身体を起こし、白ヶ崎がドアを開け微笑む。
その表情は、以前よりもずっと柔らかかった。
けれど、どこかまだ繊細で、壊れそうな危うさも残っている。
「うん、だいぶ良くなってきたよ」
そう言って、自分の腕に巻かれた包帯に軽く視線を落とす。まだ痛々しさは残る。
けれど、確実に回復しているのがわかった。
「そっか……よかった」
真守は部屋に入り白ヶ崎の横に座る。
少しだけ距離を詰めて、様子をうかがう。
「まだ怖い?」
あえて、やわらかく聞く。
白ヶ崎は一瞬だけ視線を揺らしてから、ゆっくり頷いた。
「……少しだけ、ね」
その答えは、正直だった。
「そっか」
否定も、無理な励ましもしない。
「無理しなくていいからね」
落ち着いた声で、そう言う。
「うん……でもね」
白ヶ崎は小さく息を吐いた。
その仕草は、どこか決意を含んでいて。
「思ってたより、大丈夫かも」
「……ほんと?」
自然と聞き返す。
「うん。真守くんが……」
少しだけ言葉に詰まる。けれど、逃げずに続ける。
「ちゃんとそばにいてくれるから」
まっすぐな言葉だった。
取り繕っていない、本音。
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
「そっか」
それでも、少しだけ笑って返す。
「ならよかった」
白ヶ崎も、ほっとしたように微笑んだ。
「うん」
そして、少し間を置いてから。
「明日から、学校行こうと思うの」
「……え」
思わず声が漏れる。
予想より、少し早い。
「大丈夫なのか?」
無意識に心配が先に出る。
「赤坂先輩がね、護衛してくれるって言いに来てくれたの」
白ヶ崎は安心したように言った。
「登下校も一緒にって」
「そっか……赤坂先輩が」
納得する。それなら、少なくとも危険は減る。
「念の為、俺は一応、別行動になるけど」
少しだけ、間を置いて言う。
「うん、それがいいと思う」
白ヶ崎は迷いなく頷いた。
「真守くんまで狙われたら、嫌だし」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなる。
「……ありがと」
短く返す。
照れを隠すように、少し視線を逸らした。
「じゃあ、明日だね」
軽く言う。
「うん、明日」
そのやり取りは、自然で。
少しだけ、いつもの距離に戻っていた。
翌日、教室。
扉を開けた瞬間——
いつものざわめきの中に、ひとつだけ違う景色があった。
「……あ」
自然と目が留まる。
「白ヶ崎さん!」
気づいた瞬間、足が動いていた。
「真守くん」
白ヶ崎がこちらを見て、少し驚いたように笑う。その姿が、教室にある。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「来れたんだね」
言葉にしながら、改めて実感する。
「うん……まだちょっと怖いけど」
小さく答える。
けれど、その表情はしっかり前を向いていた。
「でも、来てよかった」
「そっか」
自然と頷く。
「ありがとね、真守くん」
ふいに言われる。
「え?」
少しだけ驚く。
「ここまで来れたの、真守くんのおかげだから」
やわらかく、でもはっきりとした声。
「……俺は何もしてないよ」
照れ隠しのように返す。
「そんなことないよ」
優しく否定される。
その空気は、穏やかで、どこか特別だった。
そのとき。
「おーい」
後ろから、軽い声が割り込む。
「お前ら、なんかいい雰囲気じゃん」
振り向くと、神宮丸がニヤニヤしていた。
「もしかして付き合ってんのか?」
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
その直後——
「はあ!?何言ってんの!?」
白ヶ崎の声が響いた。
空気が一変する。
「こんなやつとどこがいい雰囲気なの!?」
さっきまでの柔らかさは、完全に消えていた。
「ありえないんだけど!」
いつもの調子。
少し強気で、遠慮のない言い方。
「……」
それを見た瞬間。
「……はは」
思わず、笑いが漏れる。
胸の奥にあった何かが、ほどけていく。
そして——
「……っ」
視界が、にじんだ。
「……え?」
神宮丸が目を丸くする。
「お前、なんで泣いてんの」
「え」
自分でも、よくわからない。
頬に触れると、確かに涙があった。
「ち、違っ……!」
白ヶ崎が慌てる。
「別にそういうつもりで言ったんじゃ……!」
「いや」
真守はゆっくり首を振る。
「いいんだ」
少しだけ、笑う。
「なんか……嬉しくてさ」
その一言で、空気が少しだけ緩む。
白ヶ崎はきょとんとして、それから少しだけ視線を逸らした。
照れたように、小さく笑う。
その表情を見て——
真守は、もう一度思う。
ちゃんと戻ってきたんだと。
日常が。
この場所が。
少しだけ、前に進んでいた。




