52話 俺×鉄拳制裁=少しだけ違う結末です。
放課後の体育館は、昼間とは別物だった。
人の気配はほとんどなく、足音だけがやけに響く。
「……来るかねぇ」
三宝が軽く肩を回しながら呟く。
その横で、真守は無言のまま立っていた。
今回呼び出したのは、三年F組、村主 良太。
野球部所属、そして部活内いじめの主犯格。
「……」
しばらくして、体育館の扉が開く音がした。
「……久しぶりやな」
入ってきた男は、迷いなくこちらへ歩いてくる。村主だった。
体格は良く、いかにも運動部といった雰囲気。だがその目には、どこか諦めたような色が浮かんでいた。
「三宝」
「おう、村主」
軽く手を上げる三宝。
まるで、旧友に再会したかのような空気。
「呼び出しっちゅうことは……そういうことやろ?」
「ああ」
「……そっか」
村主は一度だけ息を吐いて、それから言った。
「ほんなら——タイマンでやらせてくれんか」
「……ほう」
三宝の口元が歪む。
「えらい潔かじゃな」
「逃げるつもりはない」
真っ直ぐな目だった。
「どうせやるなら、一対一で決着つけたい」
「……よか」
三宝はあっさりと頷いた。
「付き合うたる」
空気が変わる。
静かだった体育館に、張り詰めた気配が満ちる。
「楽々浦、下がっとれ」
「……はい」
真守は一歩後ろへ下がる。
二人の間に、余計なものはない。ただの喧嘩だ。
「行くぞ」
「ああ」
次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
拳と拳がぶつかる。
乾いた音が響く。
だが——
「っ……!」
均衡は、一瞬だった。
三宝の拳が、的確に村主の顎を捉える。
続けざまに腹部へ一撃。
「がっ……!」
膝が折れる。
さらに、追撃。無駄のない動きだった。
ほんの数秒。それだけで、勝負は決まった。
「……終わりやな」
三宝が一歩引く。
村主は床に手をつき、荒く息をしていた。
「……相変わらず、強ぇな」
「お前が鈍っとるだけや」
軽く言い捨てる。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
「行くぞ」
三宝はそう言って、村主の襟を掴んだ。
抵抗はない。そのまま、別室へと連れていかれる。
「……」
真守も、その後を追った。
別室は、さらに静かだった。机と椅子があるだけの、簡素な空間。
「ほんなら——聞かせてもらおか」
三宝が椅子に座り、村主を見下ろす。
そこからは、尋問だった。
いじめの内容。関わっていた人間。すべてを吐き出させる。
村主は、ほとんど抵抗しなかった。
淡々と、事実を話していく。
「……以上や」
「……そっか」
三宝はしばらく黙り込んでから、小さく息を吐いた。
「残念やな」
その一言に、少しだけ感情が滲んでいた。
「——退学や」
「……ああ」
村主は静かに頷いた。
それで、すべて終わりだった。
殴られることもなく。それ以上の制裁もなく。ただ、処分だけが下された。
「……」
真守は、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
今回はあれで済んだ、と。
生徒会室へ戻る。
扉を開けた瞬間——
「……っ」
見慣れた光景が、そこにあった。
床に、祇園がいる。
額を床につけ、土下座していた。
しかも、
「……」
まだ、痛々しいままの姿で。
包帯越しに滲む赤が、妙に目につく。
「お願いします……」
か細い声。
それに対して、
「……どうしても、続けるつもりかな」
会長の声は、驚くほど穏やかだった。
けれど、その奥に冷たいものがある。
「君のためを思って言っているんだけどね」
ゆっくりとした口調。
優しさのようでいて、逃げ場を与えない声音。
「……っ」
祇園は震えながらも、頭を上げない。
その様子を見た瞬間、真守の足は勝手に動いていた。
「やめてください!」
祇園の前に立つ。
「……楽々浦くん」
会長が視線を向ける。
その声だけは、少し柔らかい。
「どうしたのかな」
「これ以上は……やりすぎです」
「……そうかな?」
首をかしげる仕草。
「僕は、彼女のためにやっているつもりだけど」
「……それでも、です」
一歩も退かない。
「こんな状態で続けるのは、おかしいです」
「……」
一瞬の沈黙。
そして——
会長の表情が、わずかに歪んだ。今まで見たことのない顔。穏やかさが崩れ、別の何かが滲む。
「……楽々浦くん」
低く、しかし静かな声。
「君は、少し優しすぎるね」
その言葉に、温度はなかった。
「……まあいい」
ふっと息を吐く。
「今回は、ここまでにしようか」
視線を外す。
「好きにするといい」
そう言って、会長はそのまま三宝と共に生徒会室を後にした。
「……っ」
空気が緩む。
その場に残ったのは祇園と、真守と、葵。
「……祇園先輩」
ゆっくりと声をかける。
祇園は顔を上げた。
「……っ、楽々浦くん……」
目が赤い。
「ごめん……なさい……」
「謝らないでください」
即座に否定する。
「むしろ……無事でよかったです」
「……っ」
その言葉に、祇園の表情が崩れた。
「……ありがとう……」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
「本当に……ありがとう……」
そのまま、しばらく言葉を交わす。
自然と距離も近くなる。
「もう無理しないでくださいね」
「……うん」
そんなやり取りを少し離れた場所で、葵は黙って見ていた。
何も言わない。
ただ、
(……なんで)
胸の奥に、小さな棘のようなものが刺さる。
(あんなに普通に……)
楽しそうに話す二人を見て、視線が少しだけ鋭くなる。
けれど、それを表に出すことはなかった。
その後は、特に何も起きなかった。
いつも通りに時間が過ぎていく。
「じゃあ、帰りましょうか」
「……うん」
祇園が少しだけ笑う。
真守もそれに頷いた。
葵は何も言わず、後ろからついてくる。
外に出ると、夕焼けが広がっていた。
何事もなかったかのように、今日も一日が終わっていく。
けれど、その裏で何かが確実に動いている。
そんな予感だけが、静かに残っていた。




