50話 俺×夜道=少し違う雰囲気です。
夜は、妙に静かだった。
住宅街の街灯はまばらで、足元に伸びる自分の影がやけに長い。真守はポケットに手を突っ込みながら、あてもなく歩いていた。
「……はぁ」
ため息が漏れる。最近、嫌な予感が当たりすぎている。
偶然にしては出来すぎているし、かといって理由も分からない。
狙われている——そんな感覚。
しかも、一人じゃない気がする。
「……考えすぎ、か……」
ぽつりと呟き、空を見上げた。
「夜の散歩とか、珍しいじゃん」
「うわっ!?」
不意に後ろから声がして、真守は思い切り肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこにいたのは祇園だった。夜の空気に溶け込むように立ちながら、どこか柔らかく笑っている。
「ぎ、祇園先輩……びっくりしました……」
「ごめんごめん。そんなに驚くと思わなかった」
くすっと軽く笑う。
「ていうか楽々浦くん、無防備すぎ。今の普通に危ないよ?」
「……すみません」
反射的に頭を下げてしまい、自分でも苦笑する。
「で?眠れなかったの?」
「まぁ……そんな感じです」
自然と並んで歩き出す。
しばらく無言が続くが、不思議と気まずさはなかった。
「……最近、ちょっと変なことが多くて」
真守は少し迷いながら口を開いた。
「変なこと?」
「はい。なんていうか……誰かが狙われてる、みたいな感覚があって」
言葉にすると、やっぱり曖昧だ。
それでも祇園は、茶化したりはしなかった。
「自分が、じゃなくて?」
「それもあるかもしれないですけど……一人じゃない気がするんです」
根拠はない。ただの勘だ。けれど、口にしてしまった。
祇園は少しだけ考えるように視線を落として、それから小さく頷いた。
「そういうの、意外と当たるよ」
「……そうなんですか?」
「うん。特に楽々浦くんみたいなタイプはね」
軽い調子のままだけど、否定はしない。
「無理に理由探すより、その違和感ちゃんと覚えといた方がいいと思う」
真守は少しだけ驚いた。
否定されると思っていたからだ。
「……ありがとうございます」
「いいって。でもさ——」
祇園は少しだけ真剣な目になる。
「無茶はしないでよ?」
「……はい」
「巻き込まれるのと、自分から突っ込むのは別だから」
「それが出来たら苦労しないんですけどね……」
苦笑すると、祇園は肩をすくめた。
「まぁ、それも楽々浦くんっぽいけど」
その後は、本当に他愛のない話をした。授業のこと、クラスのちょっとした出来事。
どうでもいいはずの会話なのに、気づけば気持ちは少し軽くなっていた。
「じゃあ、俺こっちなんで」
「そっか。気をつけて帰りなよ」
「祇園先輩も」
軽く頭を下げて、真守は歩き出す。
背中越しに、少しだけ視線を感じた気がした。
翌日。
「おい、A組やばいぞ!」
「またかよ!?」
廊下がやけに騒がしい。
真守は嫌な予感を覚えながら、人の流れに引き寄せられるようにA組の前まで来てしまった。
「……うわ」
教室の中は、想像以上だった。
机が倒れ、椅子が散乱している。その中心で——
「いい加減にしろよ、てめぇら」
黒ヶ峰が立っていた。
制服はすでにボロボロで、息も荒い。それでも、目の奥にはまだ闘志が残っている。
対するは女子五人。
「調子乗んなよ!」
「一人でイキってんじゃねーよ!」
怒号とともに、再び衝突する。
「ちょ、止めないと——!」
真守は思わず前に出た。
「やめてくださいって!」
割って入ろうとした、その瞬間。
「——やめとけ」
腕を掴まれる。
「山神……!」
振り返ると、山神が静かに首を振っていた。
「今入ると、余計こじれる」
「でも……!」
「これはあいつらの問題だ」
低く、強い声だった。普段とは違う圧に、真守は一瞬言葉を失う。
その間にも、殴り合いは続いていた。黒ヶ峰は一対五にも関わらず、引かない。むしろ前に出ている。
だが——
「っ……!」
ついに大きく弾き飛ばされ、机に叩きつけられる。
教室が静まり返った。
「……はぁ、はぁ……」
女子たちも息を切らしているが、それ以上手を出す様子はない。
「……チッ」
黒ヶ峰は舌打ちしながら立ち上がる。
足元はふらついているが、それでも倒れない。
「……終わりかよ」
吐き捨てるように言って、そのまま教室を出ていった。
「……」
真守は山神の手を振りほどく。
「……追います」
「やめといた方がいいと思うけど」
そう言いながら、山神は止めなかった。
廊下の先、黒ヶ峰の背中が見える。今にも倒れそうな足取り。
「黒ヶ峰さん!」
呼びかけても、返事はない。
それでも彼女は止まらず、まっすぐ進んでいく。
やがて保健室の扉を開けて、中へと消えた。
「……っ」
真守は一瞬だけ迷い——すぐにその後を追った。
何が起こるかも分からないまま、それでも足は止まらなかった。




