49話 俺×違和感=静かに広がる影があります。
自室のベッドに仰向けになりながら、真守はぼんやりと天井を見つめていた。
薄暗い部屋、スマホの画面だけが小さく光っている。だが、その通知内容すら頭に入ってこなかった。
脳裏に浮かぶのは、さっきの倉庫裏での出来事。
黒ヶ峰姫花。
神楽坂アリス。
そして——
『黒ヶ峰さんは……違うよ……』
アリスのあの言葉。
「……」
真守は目を閉じる。
意味は理解している。だが、なぜか胸の奥に引っかかるものがあった。
(……なんだ、この感じ)
黒ヶ峰は違う。それはいい。でも、それなら誰なんだ。
今まで起きた全部の事件。全部が、自分の周囲だけを正確に狙っている。
偶然じゃない、明確な悪意がある。なのに、黒ヶ峰でもない。奏でもない。
(じゃあ、誰が……)
考えれば考えるほど、わからなくなる。
まるで、自分だけ何か決定的なものを見落としているような感覚。
静かに広がる違和感。
「……わかんねぇ」
小さく呟いた、その時だった。
「まーくーん」
間延びした声が、リビングから聞こえてきた。
聞き慣れた声。真守の思考が、一瞬で現実へ引き戻される。
「……なんだよ」
少し気だるそうに返事をしながら、ベッドから起き上がる。
部屋を出て、リビングへ向かった。
ドアを開けると、ソファに座った真希那がスマホをいじっていた。テレビはついているが、内容は見ていないらしい。
真守を見ると、真希那は軽く手を振る。
「おかえりー、まーくん」
「帰ってんの結構、前だけどな」
「細かいこと気にしないのー」
いつも通りの軽いテンション。
だが、テーブルの上に置かれていた“それ”を見た瞬間、真守の表情が変わった。
白い封筒。
見覚えがありすぎる。
「……それ」
「あー、これ?」
真希那がひょいっと封筒を持ち上げる。
「ポストに入ってた」
嫌な予感しかしなかった。
真守は無言で封筒を受け取り、中を見る。そこに書かれていた文字を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。
『次は、お前だ』
短い文章。だが、十分だった。
乱れた筆跡、滲んだインク。今までと同じ。
同一人物。
「……っ」
真守は思わず息を止める。
真希那はソファに座ったまま、少し困ったように笑った。
「いやー、さすがにちょっと怖いかも」
その言葉に、真守は視線を上げる。
「……いつ来た」
「ついさっき。買い物から帰ってきたら入ってた」
「他に変なことは」
「今のところはないよー」
真希那はそう言って笑う。だが、その笑顔の奥に、わずかな緊張が見えた。
当然だ、自分が狙われていることは、もう分かっている。
白ヶ崎たちの件を聞いてから、真希那だって警戒はしていた。
だからこそ——。
真守は違和感を覚える。
「……なんか、おかしくないか」
「ん?」
真希那が首を傾げる。
真守は封筒を見つめたまま、ゆっくり呟いた。
「今までって……手紙は襲撃後に来てたんだ」
全部そうだった。襲撃があって、手紙が渡されていた。
順番があった。だが今回は違う。
まだ何も起きていない。なのに、先に“次はお前だ”と来た。
まるで——。
「……予告みたいだ」
真守の呟きに、真希那の表情が少し真面目になる。
「……確かに」
部屋の空気が少し重くなった。
真守は考える。
今までの流れ、タイミング、被害。そして、今日感じた違和感。
黒ヶ峰は違った。なら、犯人はもっと別の場所で動いている。
しかも——。
「……待て」
真守の中で、何かが繋がる。
「もしかして」
「まーくん?」
「今まで、一人ずつ狙われてるって思ってたけど……」
真希那が小さく目を細める。
真守は続けた。
「違うかもしれない」
「え?」
「最初から、複数同時に動いてる可能性がある」
言葉にした瞬間、背筋が冷えた。だから繋がりが見えづらかった。だからタイミングがバラバラだった。
一人が終わって次じゃない。
複数が、同時に、それぞれ別の場所で。
「……他にも、狙われてる奴がいるかもしれない」
真希那の表情から、軽さが消える。
「それ……普通にやばくない?」
「やばい」
即答だった。
真守は拳を握る。
嫌な予感しかしない。もし本当に同時進行なら。
今この瞬間にも、誰かが危険な目に遭っている可能性がある。
「……真希ねぇ」
「ん?」
「しばらく、一人で出歩くな」
「またそれー?」
「冗談じゃない」
真守の声は真剣だった。
真希那は少しだけ目を丸くする。そして、小さく笑った。
「……はいはい。わかったよ」
その声は、いつもより少し優しかった。
真守はもう一度、手紙を見る。
『次は、お前だ』
ただの脅し文、そう思いたかった。だが、今は違う。
これは確実に、自分たちへ向けられている。
静かに。
確実に。
見えない悪意が、少しずつ近づいてきていた。




