48話 俺×黒魔女=混乱してしまいます。
古い倉庫の近くで黒ヶ峰姫花の姿を見つけた瞬間、真守は反射的に息を潜めた。
夕方の校舎裏。
人気のない古い倉庫周辺は、昼間の学校とは別世界みたいに静かだった。
フェンスの錆びた音、風で揺れる雑草、薄暗い空気。その中心に、黒ヶ峰が一人で立っている。
長い黒髪が風で揺れていた。
「……」
真守は物陰へ身を隠す。
隣では葵もしゃがみ込み、そのさらに横には奏までいた。
どうしてこうなった。
真守は小さく呟く。
「なんで奏さんまでついてきてるんですか……」
ぺしっ。
即座に頭を叩かれた。
「うるさいわ」
「痛っ……!」
奏は冷めた目で真守を見る。
「葵を危険な場所に一人で行かせるわけないでしょ」
「いや、でも奏先輩が来ると余計ややこしく——」
「何か言った?」
「いえ何も」
真守が即座に黙る。
そのやり取りを見て、葵が思わず小さく笑った。
「なんか……少し仲良くなったね」
「なってません」
「なってないわ」
真守と奏の声が綺麗に重なる。
葵がさらにくすっと笑う。
だが、その空気はすぐに消えた。
「……っ」
葵が小さく息を呑む。
真守も視線を前へ戻した。
黒ヶ峰の近くに、もう一つ人影が見えた。
小柄なシルエット。長い髪。どこかおどおどした立ち姿。
「……神楽坂先輩?」
真守は目を見開く。
神楽坂アリスだった。黒ヶ峰と向かい合うように立っている。
葵も驚いたように小声を漏らした。
「どうして神楽坂先輩が……?」
奏だけは事情を知らないらしく、無表情のまま腕を組んでいる。
「誰?」
「生徒会の先輩です」
「ふーん」
興味なさそうだった。
真守は視線を戻す。
アリスはいつものようにおどおどしている。だが、黒ヶ峰はどこか切羽詰まった様子だった。
周囲を警戒するように何度も視線を動かしている。
(……何話してるんだ?)
真守は少しでも近づこうとした。
「静かに行きますよ」
小声で言う。
葵と奏も頷く。
三人は物陰から慎重に移動を始めた。
古い倉庫の陰、錆びたドラム缶、草むら。隠れながら少しずつ距離を詰める。
声が聞こえるギリギリの場所まで来た、その時だった。
「っ……!」
突然、奏が足を滑らせた。
「え?」
バランスが崩れる。
その拍子に、真守の肩へぶつかった。
「うわっ!?」
真守だけ前へ飛び出した。
ザッ——。
草を踏む音。
静寂。
やってしまった。
真守の顔から血の気が引く。
「……あ」
黒ヶ峰とアリスが同時に振り返った。
終わった。
真守の脳裏にその言葉が浮かぶ。
次の瞬間。
黒ヶ峰が猛スピードで近づいてきた。
「っ!?」
真守が反応するより早い。
ガシッ!!
「いてっ!?」
髪を強く掴まれた。
頭皮に鋭い痛みが走る。
黒ヶ峰は真守の髪を掴んだまま、冷たい目で睨みつけてくる。
近い。
めちゃくちゃ怖い。
「ちょ、黒ヶ峰さん……!?」
「……あんた」
声が低い。
怒っていた。かなり怒っている。
「こそこそ私の周りを嗅ぎ回ってたの、あんたでしょ」
「っ……」
「バレバレなのよ」
ギリッと髪を引っ張られる。
痛い。普通に痛い。
葵が慌てて飛び出そうとする。
「黒ヶ峰さんやめ——」
だが、奏が葵の肩を掴んで止めた。
「待ちなさい」
「でも!」
「今出たら余計面倒になるわ」
奏は妙に冷静だった。
というか、よく見ると少し楽しそうですらある。
薄く笑っていた。
(この人絶対面白がってる……!)
真守は内心泣きそうになりながらも、なんとか黒ヶ峰を見る。
近くで見ると、彼女の目はかなり鋭かった。まるで本当に“黒魔女”みたいだった。
「……黒ヶ峰さん」
「何?」
「白ヶ崎さんとか、神宮丸の件……何か知ってますか」
黒ヶ峰の表情が変わる。ほんの少しだけ。だが、すぐ冷たく戻った。
「あんたに興味なんてない」
吐き捨てるような声。
「関わりたくもない」
「……」
「それと」
黒ヶ峰の目がさらに鋭くなる。
「今ここで見たこと、誰にも言うんじゃないわよ」
その言葉と同時に、髪を掴んでいた手が離された。
真守は解放され、思わず頭を押さえる。
「いったぁ……」
黒ヶ峰はそれ以上何も言わない。ただ、真守を警戒するように睨んでいた。
真守は唖然とする。
(……違う?)
もし黒ヶ峰が犯人なら、もっと反応があったはずだ。もっと動揺してもおかしくない。
でも今の彼女から感じたのは、“敵意”ではなく“警戒”だった。
何かを隠しているのは間違いない。
だが、それは今回の事件とは別の——。
そんな気がした。
「……」
真守の頭が混乱し始める。
すると、アリスがそっと近づいてきた。
「楽々浦くん……」
小さな声。
真守が振り向く。
アリスは不安そうに指を絡めながら、小さく呟いた。
「黒ヶ峰さんは……違うよ……」
「……え?」
真守の思考が止まる。
「違うって……」
アリスは俯きながら続ける。
「この人は……違う……」
その言葉に、真守の頭の中が完全にぐちゃぐちゃになった。
黒ヶ峰じゃない、奏でもない。
じゃあ、一体誰が——。
背筋に冷たいものが走る。
真犯人は、まだ別にいる。その事実だけが、じわじわと真守の心を締め付けていった。




