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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第二章 俺×鐘の音=不幸が聞こえます。〜不幸の手紙編〜
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46話 俺×酸欠=根性みせます。

葵と並んで歩きながら、真守は無意識に首元へ触れていた。


あの日。


初めて奏と会った時、突然締め上げられた感覚がまだ少しだけ残っている。


呼吸ができなくなる恐怖。


冷たい目。


"葵に近づくな"


あの声が、頭の奥で何度も蘇っていた。


「……大丈夫?」


隣を歩いていた葵が、不安そうに真守の顔を覗き込む。


真守は小さく頷いた。


「大丈夫です」


嘘だった。


正直、かなり怖い。でも、ここで逃げるわけにはいかなかった。


もし奏が犯人なら。


ここで止めなければ、また誰かが傷つくかもしれない。


白ヶ崎の震える体。

神宮丸の包帯。

赤坂を襲った男たち。


全部が頭をよぎる。


「……行きましょう」


真守は覚悟を決めた。


そして。


あの日と同じ空き教室の前へ辿り着く。自然と呼吸が浅くなる。

真守は一度だけ深呼吸した。


葵が先にドアへ手をかける。


「お姉ちゃん」


静かな声。


ガラッ——。


ドアが開く。


教室の中には、奏が一人でいた。


窓際の席へ腰掛け、本を読んでいたらしい。長い金髪が夕陽に照らされている。

葵と同じ顔立ちなのに、纏う空気はまるで違った。

冷たく、鋭い。綺麗なのに近寄りがたい。


奏は真守を見た瞬間、露骨に眉を寄せた。


「……また来たの?」


低い声。


明らかな不機嫌。


「接近禁止って言ったはずだけど」


その視線だけで空気が冷える。


真守は少しだけ喉を鳴らした。

怖い。けれど、目を逸らさない。


葵が静かに口を開く。


「お姉ちゃん……何か隠してない?」


奏の目が細くなる。


「隠し事?」


「最近、楽々浦くんの周りで色々起きてるの。だから——」


「私を疑ってるわけ?」


奏の声が鋭くなる。


葵が言葉を詰まらせた。


その空気を断ち切るように、真守が前へ出る。


「……奏先輩」


奏が睨む。


真守はまっすぐ彼女を見る。


「今回の件、奏先輩が関係してるんじゃないですか」


空気が止まった。


奏の表情が一瞬で冷え切る。


真守は続けた。


「襲ってきた男が、“あの女に命令された”って言ってました」


「……」


「俺の知り合いはリンチされて、強姦未遂までされました。他にも襲われた。あなたと同じクラスの赤坂先輩まで狙われたんです」


真守の拳が震える。


怒り。

不安。

恐怖。


全部を押し込めながら言葉を吐き出した。


「全部、俺の周りの人たちです」


奏の目が鋭く細まる。


真守はさらに踏み込んだ。


「奏さんが関係ないなら、教えてください」


沈黙。


数秒。


そして。


「……何を言ってるの?」


その声は、怒りを押し殺していた。


次の瞬間——。


バキッ!!


真守の顔面へ拳がめり込んだ。


「っ!?」


視界が揺れる。


頬に激痛。真守の体が横へ吹き飛びそうになる。


葵が悲鳴を上げた。


「お姉ちゃん!!」


奏は立ち上がっていた。


表情は完全に怒っている。


「ふざけないで」


真守は頬を押さえながら、ゆっくり立ち上がる。

口の中に血の味が広がる。だが、目は逸らさなかった。


「……本当に知らないんですか」


その一言で、奏の怒りがさらに膨れ上がった。


ドンッ!!


今度は腹へ拳が入る。


「ぐっ……!」


息が漏れる。


痛い。胃がひっくり返りそうになる。だが、真守は倒れない。


「真守くん!!」


葵が止めようとする。


だが、真守は片手でそれを制した。


「……いいです」


奏の眉がピクリと動く。


真守は苦しそうに呼吸しながら続けた。


「俺の周りの人たちが……どんどん傷ついてるんです」


ドンッ!!


また拳。肩へ、胸へ、容赦がない。先日男たちに殴られた傷が再び痛み始める。


全身が熱い。呼吸も苦しい。でも、真守は抵抗しなかった。


「なんで抵抗しないの?」


奏が苛立ったように言う。


真守は息を荒げながら答えた。


「……もし奏さんが犯人なら、ここで逃げちゃダメだと思ったからです」


「……っ」


奏の表情がわずかに歪む。


次の瞬間。


真守の体が押し倒された。


「っ!?」


床へ叩きつけられる。


そして、奏が馬乗りになった。


「お姉ちゃん!?」


葵が青ざめる。


だが奏は止まらない。


両手が真守の首へ伸びる。


ギリッ——。


「がっ……!?」


呼吸が止まる。


強い。以前よりもずっと本気だった。


酸素が一気に奪われる。視界が揺れる。肺が悲鳴を上げる。


奏の顔が近い。


綺麗な顔なのに、今は怒りで歪んでいた。


「ふざけないで……!」


締め付けが強くなり、真守の喉から苦しそうな音が漏れる。


普通なら怖くて目を逸らしていた。でも、真守は逸らさなかった。


苦しくても、怖くても、まっすぐ奏を見続ける。


(逃げるな……!)


頭の中で、自分へ言い聞かせる。


(ここで目を逸らしたら……また誰かが傷つく……!)


酸欠で意識が遠のき始める。


視界が白くなる。それでも、真守は奏を見つめ続けた。


奏の方が、先に動揺した。


「……何なのよ」


締め付ける手が少し震える。


「なんでそんな目してるの……」


真守は答えられない。


呼吸ができない。でも、目だけは逸らさない。


葵が泣きながら叫ぶ。


「やめて!! お姉ちゃんやめてぇ!!」


その声で。


ふっと、奏の力が抜けた。


「……っ!」


真守が激しく咳き込む。


酸素を求めるように呼吸する。

肺が痛い。喉も焼けるようだった。


奏は真守から離れる。そして、小さく息を吐いた。


「……意外と根性あるじゃない」


冷たい声。けれど、最初より少しだけ柔らかかった。


奏は髪をかき上げながら言う。


「ちなみに」


真守を見る。


「今の話、本当に心当たりはないわ」


「……」


真守は荒い呼吸のまま奏を見つめる。


嘘をついているようには見えなかった。少なくとも、今の反応は演技には思えない。


真守はゆっくり立ち上がる。


そして——。


ゴンッ!!


勢いよく土下座した。


「本当に申し訳ありませんでした!!!!」


教室に大きな音が響く。


双子が同時に固まった。


「勝手に疑って、失礼なことを言いました!!!」


真守はそのまま叫ぶ。


「でも、俺、本当に必死なんです!! もう誰も傷ついてほしくなくて……!」


沈黙。


そして。


ぷっ、と。


小さな笑い声が漏れた。


奏だった。


「……バカね」


呆れたように笑う。


葵が目を丸くする。


奏が笑った。それだけで、かなり珍しいことだった。

葵は少し安心したように真守の肩へ触れる。


「お姉ちゃん……楽々浦くんはいつもの男の人たちとは違うって……私は思うの」


奏は黙る。


視線を逸らしたまま、小さく舌打ちした。


「……認めたくないけど」


そして。


小さく呟く。


「一旦、休戦ってことにしてあげる」


「……!」


葵の顔が一気に明るくなる。


「じゃあ、接近禁止命令も!?」


奏は露骨に嫌そうな顔をした。


だが。


数秒後。


小さくため息を吐く。


「……好きにすれば」


「お姉ちゃん!!」


葵が嬉しそうに笑う。


真守はようやく肩の力を抜いた。


喉がまだ痛い。体中も痛む。でも、少しだけ道が開けた気がした。


夕陽が差し込む教室の中。


険悪だった空気が、ほんの少しだけ変わり始めていた。

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