45話 俺×仲間=揺らぐ絆があります。
赤坂は無事だった。それだけで、本当なら安心できるはずだった。
けれど真守の胸の中には、まだ重たい不安が残り続けていた。
黒い車。
覆面の男たち。
そして——“あの女”。
夕焼けに染まる帰り道を歩きながらも、真守の頭の中では何度もあの瞬間が繰り返されていた。
「真守、大丈夫?」
隣を歩く赤坂が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
いつもみたいに元気に笑っているけれど、よく見ると額には汗が浮いていた。
さっきまで複数人を相手に戦っていたのだから、当然疲れているはずだ。
「……先輩こそ、大丈夫なんですか?」
「私は平気!」
赤坂は拳を軽く握って笑った。
「これでも鍛えてるからね! でも真守、無茶しすぎだよ。急に飛び出してくるから、ほんと焦ったんだから」
「すみません……」
真守は苦笑する。
だが、赤坂は少しだけ視線を柔らかくした。
「でも……嬉しかった」
「え?」
「私を守ろうとしてくれたの、ちゃんと伝わったから」
夕陽に照らされた赤坂の笑顔は、いつもより少しだけ大人っぽく見えた。
真守が言葉に困っていると、後ろからアリスが小さく声をかけてきた。
「……楽々浦くん」
振り返ると、アリスが真剣な表情をしていた。
普段のおどおどした雰囲気とは違う。
瞳だけが妙に鋭い。
「次、危ないの……お姉さんかもしれないです」
「……っ」
真守の胸がざわつく。
アリスは指をぎゅっと握りしめながら続けた。
「パターン的に……楽々浦くんの周りで、大切な人から順番に狙われてる感じがするの。神宮丸くん、白ヶ崎さん、赤坂さん……だから次は、もっと身近な存在が危ない可能性が高いと思う……」
「真希ねぇ……」
真守は小さく呟いた。
その瞬間、背筋を冷たいものが走る。
もし真希那まで巻き込まれたら。もし、自分のせいで姉が傷ついたら。
そんなことを考えただけで、息が苦しくなった。
「……今日はもう帰ります」
真守は小さく言った。
赤坂が少し心配そうな顔をする。
「真守、大丈夫?」
「はい……でも、ちょっと急いで帰りたいんです」
「そっか」
赤坂は無理に止めなかった。
ただ、最後に小さく笑う。
「何かあったら、すぐ頼ってね。ちゃんと私が守るから」
その言葉が少しだけ胸に沁みた。
真守は軽く頭を下げ、その場を後にした。
家へ着くと、玄関のドアが勢いよく開いた。
「まー君、おかえり〜!!」
真希那がいつもの笑顔で飛びついてくる。
エプロン姿のまま、ぎゅっと抱きついてきた。
「わっ……!」
いつもなら「重いって!」とツッコミを入れるところだった。
でも今日は違う。
真守は、その温もりに少しだけ安心してしまった。
「……真希ねぇ」
「ん? どうしたの?」
真希那が不思議そうに首を傾げる。
真守は少し迷ってから、真面目な声で言った。
「最近……変なことが続いてるんだ。だから、一人になる時は気をつけてほしい」
真希那の表情が少しだけ変わった。
「……何かあったの?」
「詳しくはまだ言えない。でも、できれば仕事もリモート多めにしてほしい。夜も、なるべく出歩かないで」
真希那はしばらく真守を見つめていた。
そして、ふっと優しく笑った。
「わかったよ」
「え……?」
「まー君がそこまで真剣に言うなら、お姉ちゃんちゃんと気をつける」
真希那は真守の頭を優しく撫でる。
「でも、その代わり」
「?」
「まー君も無理しないこと。最近ずっと顔が疲れてる。お姉ちゃん、そこが一番心配」
その言葉に、真守の胸が少し熱くなる。
「……ありがと」
真希那はにこっと笑った。
「よし! 今日はまー君の好きなハンバーグだから、いっぱい食べて元気出そうね!」
その明るさに、真守は少しだけ救われた気がした。
夕食後。
真守は白ヶ崎の部屋を訪ねた。
インターホンを押すと、少し遅れて扉が開く。
「……真守くん」
白ヶ崎は以前より顔色が戻っていた。けれど、目の下にはまだ薄く隈が残っている。
暴行の痕も完全には消えていなかった。
「入って」
小さな声。
真守は静かに部屋へ入る。
部屋の中は静かだった。以前よりカーテンが閉め切られていて、少し薄暗い。
白ヶ崎はソファへ座ると、小さく息を吐いた。
「今日は……どう?」
真守が聞く。
白ヶ崎は少し考えてから、小さく答えた。
「前よりは……少しマシ」
でも、その声はまだ震えていた。
真守は胸が締め付けられる。
「……怖い?」
白ヶ崎は黙ったまま頷いた。
「夜になると……思い出すの。後ろから掴まれた時のこととか……声とか……」
彼女の肩が小さく震える。
真守はゆっくり近づき、そっと隣へ座った。
「もう大丈夫だよ」
「……」
「赤坂先輩が、護衛してくれるって言ってた。俺も、できる限りそばにいる」
白ヶ崎は少しだけ目を見開く。
そして、小さく笑った。
「……赤坂先輩、そんなに強い人だったんだ」
「俺もびっくりした」
二人で少しだけ笑う。
その後、真守は静かに白ヶ崎を抱きしめた。
最初、彼女の体は少し強張っていた。けれど、ゆっくりと、その震えが収まっていく。
「ありがとう……真守くん」
小さな声が耳元で響く。
真守は背中を優しく撫で続けた。
翌日。
学校へ着いた真守は、真っ先に神宮丸の席へ向かった。
「神宮丸」
声をかける。
神宮丸は一瞬だけ顔を上げた。だが、すぐに視線を逸らした。
その態度が胸に刺さる。
真守は静かに頭を下げた。
「……ごめん」
教室が静まり返る。
周囲の生徒たちも、何事かとこちらを見ていた。
真守は頭を下げたまま続ける。
「俺のせいで、お前まで巻き込まれた」
神宮丸は黙っていた。
空気が重い。
やがて。
「……話、聞かせろよ」
小さな声が返ってきた。
真守は顔を上げる。
そして、これまでのことを全部話した。
白ヶ崎の襲撃。
赤坂の件。
脅迫文。
神宮丸は険しい顔で聞いていた。やがて、自分の包帯へ触れながら口を開く。
「俺も……似たような感じだった」
「……!」
「夜道で急に囲まれてさ。殴られて……その時、言われたんだよ」
神宮丸が苦笑する。
「“楽々浦のせいだ”って」
真守の顔が青ざめる。
「ごめん……!」
また頭を下げようとする。だが、神宮丸がその肩を掴んだ。
「やめろって」
「……え?」
「お前、そういう奴じゃねーだろ」
真守は目を見開く。
神宮丸は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「最初は怖かったよ。だから避けてた。でも……」
神宮丸は真っ直ぐ真守を見る。
「お前がわざと誰か傷つける奴じゃないって、俺知ってるから」
「神宮丸……」
「だから、一緒に頑張ろうぜ」
その言葉に、真守の胸が熱くなった。
二人は強く握手を交わす。
その瞬間、少しだけ、心の中の孤独が軽くなった気がした。
放課後の生徒会室。
真守は葵へ向き直った。
「葵先輩」
「……うん」
「犯人の件なんですけど」
真守はゆっくり口を開く。
「俺、奏さんが怪しいと思ってます」
葵の肩が小さく震えた。
真守は続ける。
「襲ってきた男が、“あの女に命令された”って言ってたんです」
沈黙。
葵は目を伏せる。
苦しそうだった。でも、逃げなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……わかった」
そして、真っ直ぐ真守を見た。
「私も、楽々浦くんの側につく」
「……」
「奏のことは……私がちゃんと確かめる」
その表情は真剣だった。
妹として。そして、生徒会の仲間として。
覚悟を決めた顔だった。
真守は小さく頷く。
二人は並んで歩き出す。
夕暮れの廊下。窓の外は赤く染まっていた。だが、真守の胸には新しい不安が広がっていく。
もし本当に奏が黒幕だったら。
葵は、どうするのか。
そして——。
この先、自分たちは何を知ることになるのか。
静かな足音だけが、長い廊下へ響いていた。




