43話 俺×捜索=迫る影を追います。
生徒会の仕事が、まったく頭に入らなかった。
真守は机へ突っ伏したまま、ぼんやり資料を眺めている。視界には文字が映っているのに、内容が一つも頭へ入ってこない。
「……」
脳裏に浮かぶのは、白ヶ崎の顔だった。
腫れ上がった目。頬の青痣。震えていた体。そして、制服へ入れられていた紙。
【楽々浦真守のせいだ】
あの文字が、頭から離れない。
「……っ」
真守は無意識に拳を握る。
神宮丸もそうだ。
突然二週間も休んで、戻ってきたと思ったら頭に包帯を巻いていた。
全部、自分の周りで起きている。
全部、自分へ向けられている気がした。
(……もう嫌だ)
胸が苦しい。
(もうこれ以上、大切なものを奪われたくない……)
その感情だけが、真守を動かしていた。
放課後。真守は生徒会室へ残ると、まず葵へ声をかけた。
「……夢百合、じゃなくて、葵先輩」
葵は双子のため、今後どちらかわかるように名前で呼ぶ真守。
葵はすぐに顔を上げる。その瞬間、表情が少し明るくなった。
「楽々浦くん!いま、名前で呼んでくれたよね!」
最近は距離を取っていたせいか、葵は少し嬉しそうだった。
真守は少し迷ったあと、口を開く。
「少し……手伝ってくれませんか」
「……!」
葵の目が大きくなる。
「俺の周りで、変なことが起きてるんです」
真守の声は重かった。
「手紙とか……神宮丸とか……白ヶ崎さんのこととか」
「……」
「差出人を探したいんです」
少しの沈黙。
だが、葵はすぐに頷いた。
「もちろん!」
声が強かった。
「私でよければ、全力で協力するよ」
その顔には迷いがない。
「楽々浦くんのためなら、何でもするから」
真っ直ぐな言葉だった。
真守は少しだけ肩の力が抜ける。
「……ありがとうございます」
葵はふっと柔らかく笑った。
「ちゃんと頼ってくれた」
「え?」
「最近は避けられ気味だったから、少し嬉しい」
「……」
真守は気まずそうに視線を逸らす。
そして、今起きていることをわかる範囲で葵に伝える。
葵は真剣な顔になる。
「でも、確かにおかしいよね」
「……はい」
「神宮丸くんも、白ヶ崎さんも、全部タイミングが重なりすぎてる」
その言葉に、真守も静かに頷いた。
次に、真守は会長の方へ向かった。
「会長」
「どうしたんだい?」
いつもの穏やかな笑顔。
優しい声。
でも今の真守は、その笑顔を見る度に少し胸がざわつく。
「実は……手紙の件で」
真守は一度言葉を区切る。
「差出人を探したいんです。協力してもらえませんか」
会長は少しだけ目を細めた。
「……なるほど」
そして、優しく微笑む。
「もちろん協力するよ」
「……!」
「楽々浦君が困っているなら、僕も全力で支える」
柔らかい声。優しい表情。完璧な返答だった。
なのに。
「……」
真守は少しだけ違和感を覚える。
会長の笑顔が、妙に深く見えた。まるで、何かを隠しているみたいに。
「どうしたんだい?」
会長が優しく首を傾げる。
真守は慌てて首を振った。
「い、いえ……」
その時だった。
部屋の隅から、小さな声が聞こえた。
「……あ、あの……」
真守が振り向く。
そこには神楽坂アリスがいた。
相変わらず、存在感が薄い。いつの間にそこにいたのか分からなかった。
癖っ毛の長い金髪を指で弄りながら、おどおどしている。
「神楽坂先輩……?」
真守が驚くと、アリスはびくっと肩を揺らした。
「あぅ……」
顔が赤い。
目も泳いでいる。
「わ、私も……手伝うよ……」
「え?」
アリスはもじもじしながら続ける。
「楽々浦くんの周りで……変なことが起きてるって聞いて……」
視線を下げる。
「少しでも力になりたくて……」
「……」
「お、お願いします……」
真守は少し驚いていた。
神楽坂アリスは普段、誰ともあまり関わらない。いつも隅にいる。話しかけてもテンパる。
そんな人だった。
だからこそ、真守は戸惑う。
「……ありがとうございます」
アリスはさらに顔を赤くした。
「ひゃ、ひゃい……!」
噛んだ。
葵がくすっと笑う。
「神楽坂先輩、緊張しすぎですよ」
「うぅ……」
だが。
次の瞬間だった。
アリスの空気が変わる。
「え、えっと……まず」
声が少し落ち着く。
「楽々浦くんの周囲の人間を整理した方がいいと思う」
「……!」
真守が目を見開く。
アリスはさっきまでのおどおどした様子が嘘みたいに、冷静な目をしていた。
「被害に遭ってる人には共通点があると思うの」
指を折りながら説明する。
「楽々浦くんと距離が近い人。もしくは、楽々浦くんが大事にしている人」
「……」
「つまり、犯人は楽々浦くん自身じゃなく、“周囲”を壊そうとしてる」
その分析は、真守が感じていた違和感と完全に一致していた。
(……すごい)
真守は思わず見入ってしまう。普段と別人みたいだった。
アリスは頬を赤くしながらも続ける。
「次に危ないのは……赤坂さんだと思う」
「赤坂先輩……?」
「はい……」
アリスが静かに頷く。
「距離感が近いし……犯人から見れば、“狙いやすい位置”にいると思うのから……」
葵も真剣な顔になる。
「確かに……」
アリスは小さく息を吸った。
「だから……二日間、赤坂さんを監視しよう」
「……監視?」
「バレないように」
その目は鋭かった。
「犯人が本当に動くなら、接触してくる可能性があると思う」
真守は息を呑む。
「……分かりました」
そして。
二日間、真守、葵、アリスの三人は、赤坂へバレないように行動を追った。
授業終わり。
部活帰り。
下校ルート。
三人で交代しながら見守る。
赤坂は何も知らず、いつも通り明るかった。
「んー? なんか最近みんな私のこと見てない?」
「気のせいじゃないですか」
真守は誤魔化す。
だが、内心はずっと緊張していた。
そして——
二日目の下校時間。
空は少し暗くなり始めていた。
赤坂が一人で歩いている。
少し離れた場所から、真守たちは様子を見ていた。
その時だった。
アリスが小さく声を漏らす。
「あ……」
「?」
「来た……!」
真守の視線が鋭くなる。
黒い車。
ゆっくりと赤坂の近くへ止まった。
「……っ」
空気が変わる。
ドアが開く。
覆面をした男たちが数人、降りてきた。
真守の背筋が凍る。
(……本当に来た)
隣で葵も息を呑んでいる。
アリスの予想が、完全に的中した。
だが。
真守が一番驚いたのは、アリスだった。
彼女は今、おどおどしていない。鋭い目で状況を見ている。
冷静に、正確に。
「人数、四人……」
小さく呟く。
「まずい……!」
その瞬間だった。
覆面の男たちが、一斉に赤坂へ向かって走り出す。
「……来た!!」
真守は反射的に駆け出した。
アスファルトを蹴る。心臓が爆発しそうに鳴る。
赤坂がまだ気づいていない。
男たちが、一気に距離を詰めていく。
「赤坂先輩ッ!!!」
真守の叫び声が、夕暮れの道路へ響いた。




