42話 俺×恐怖の手紙=限界を超えました。
白ヶ崎のことが、頭から離れなかった。
教室へ行っても、隣の席は空いたまま。昼休みになってもいない。放課後になっても、その席だけぽっかり空いている。
一週間。
長すぎる。
風邪とか、体調不良とか、そんな雰囲気じゃなかった。
「……」
真守は机へ肘をつきながら、小さく息を吐く。
神宮丸の様子もおかしい。そして白ヶ崎まで来なくなった。
偶然とは思えなかった。脳裏に浮かぶのは、あの手紙。
【お前の大切なものを一つずつ壊していく】
「……」
嫌な予感しかしない。
放課後、真守はほとんど走るように寮へ戻っていた。
白ヶ崎の部屋は、真守の部屋のすぐ近くだ。
今まで何度も前を通った。でも、今日は空気が違う。廊下が妙に静かだった。
真守は白ヶ崎の部屋の前で立ち止まる。
そして、インターホンを押した。
ピンポーン——
返事はない。
「……白ヶ崎さん?」
もう一度押す。
返事はない。
三回目。
四回目。
真守の胸の奥がどんどん不安で重くなる。
「……頼む」
五回目を押した時だった。
『……入って』
インターホン越しに、小さな声が聞こえた。
かすれている。今まで聞いたことがないくらい弱々しい声だった。
真守の心臓が嫌な音を立てる。
ドアがゆっくり開いた。
「……っ」
真守は息を呑んだ。
白ヶ崎がいた。
でも、そこにいたのは、真守の知っている白ヶ崎じゃなかった。
両目はひどく腫れている。泣き続けた跡みたいに赤い。左頬には大きな青痣。唇も切れていて、少し血が滲んでいた。首筋には、指で掴まれたみたいな痣まで残っている。
「……」
真守の頭が真っ白になる。
白ヶ崎はソファへ小さく座り込んでいた。
膝を抱えて、体を縮こませてずっと震えている。
「白ヶ崎さん……」
声が震えた。
「これ……どうしたんだよ……」
白ヶ崎は少しだけ顔を上げる。
その目には、いつもの強さがほとんど残っていなかった。
「……見知らぬ男の集団に」
かすれた声。
「リンチされた」
「……!」
真守の呼吸が止まりそうになる。
白ヶ崎は視線を落としたまま続ける。
「何人もで囲まれて……殴られて……」
肩が震える。
「強姦未遂まで……された」
「……っ!!」
真守の拳が強く握られる。
頭の奥が熱くなる。
怒り。
理解できないほどの怒りだった。白ヶ崎が、こんな目に遭った。
誰かに、複数人に。真守の中で、何かが音を立てて軋む。
「……誰だよ」
声が低くなる。
「誰がそんなこと……」
白ヶ崎は膝を抱えたまま、小さく震えていた。
「夜道を歩いてたら……突然、後ろから囲まれて」
呼吸が乱れている。
話しているだけで、あの時を思い出しているのが分かった。
「顔を殴られて……地面に押し倒されて……服、引っ張られて……」
白ヶ崎の声が途切れる。
真守の拳が震える。
「……叫んだら」
白ヶ崎が小さく呟く。
「運よく、近くで見回りしてた警察の人が来て……」
「……」
「男たちは、車に乗って逃げた」
部屋が静まり返る。
真守は何も言えなかった。
胸の奥で怒りが膨れ続けている。同時に、別の感情も湧いていた。
恐怖、嫌な予感。全部が繋がっているような感覚。
白ヶ崎は震える手で、ポケットから何かを取り出した。
くしゃくしゃになった紙。
「……男たちが」
白ヶ崎が掠れた声で言う。
「制服のポケットに、これを入れてたの」
真守はその紙を受け取る。
開いた瞬間。
背筋が凍った。
【楽々浦真守のせいだ】
「……っ」
呼吸が止まる。
文字が揺れて見えた。
あの怪文書と同じ。乱れた字。感情を叩きつけるみたいな書き方。
「俺の……せい……?」
真守の声が震える。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「また……俺のせいなのか……?」
真守の視界が滲む。呼吸も浅くなる。
「白ヶ崎さんまで……こんな目に遭わせて……」
罪悪感が、一気に胸へ押し寄せてきた。
自分が関わったせいで。自分が生徒会に入ったせいで。周りが壊れていく。
そんな感覚。
「……違う」
白ヶ崎が震える声で言う。
真守の腕を掴む。指先が冷たい。細かく震えていた。
「真守くんのせいじゃない」
「……」
「ただ……」
白ヶ崎の呼吸が乱れる。
「今、学校行くのが怖いの」
「……」
「夜になると……あの時のこと思い出して……」
白ヶ崎の肩が震える。
「体が勝手に震えて……」
その姿を見た瞬間。
真守は耐えられなかった。
「……白ヶ崎さん」
気づけば、抱きしめていた。
白ヶ崎の体は小さかった。そして、震えていた。壊れそうなくらい。
真守は必死に背中へ手を回す。少しでも安心させたかった。
「大丈夫」
自分でも驚くくらい、声が震えていた。
「俺がいるから」
白ヶ崎が小さく息を呑む。
「もう、怖い思いはさせない」
その言葉を口にした瞬間。
真守の脳裏で、全部が繋がった。
神宮丸の怪我。白ヶ崎への襲撃。自分宛ての怪文書。
【お前の大切なものを一つずつ壊していく】
「……」
冷たい汗が流れる。
これ、全部。
自分を狙っている。
自分を壊すためじゃない。自分の“周囲”を壊している。
その事実に気づいた瞬間、真守の背筋に寒気が走った。
「……っ」
白ヶ崎を抱きしめる腕に、自然と力が入る。
怖かった。
怒りよりも、罪悪感よりも。
今は、その“見えない誰か”が一番怖かった。
白ヶ崎は真守の胸へ顔を埋めたまま、小さく震え続けている。
真守はその体温を感じながら、静かに確信していた。
もう、ただの嫌がらせじゃない。誰かが、本気で自分の周囲を壊そうとしている。




